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DIARY

三軒茶屋HEAVEN'S DOOR
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繰り返される問い掛け

被災地復興の為に作られた高速料金無料化制度を悪用するトラックが、日増しに増えているらしい。
例えば九州から東京に荷物を運ぶとすると、わざわざ被災地まで行きUターンして東京に向かうそうだ。
被災地で降りればそれまでの高速料金はただになる。
そして、被災地から出発したという事にすれば東京まで行き着く料金もただだ。
呆れる。
いや、それを通り越して悲しいよ。
こういう善意を悪用する輩に対して激しい憤りを感じるのは、俺だけではないと思う。
そして、やってる事が、あまりにもせこい。
人としてのモラルもプライドも何も無い。
そうやって手に入れた臨時収入が幾らになるのか知らないが、そんなものに価値など無い。
やってる事は、やくざと同じだ。
いや、本来のやくざっていうのは、弱きを助けっていう彼等流の正義があるからやくざ以下だ。
だが、こういった人としての質を問われるような事は、常日頃からあらゆる場所に点在しているものだ。
満員電車の中で年寄りや体の不自由な人の為に設けられている優先席に平然と陣取る者、身障者用の駐車場を当然のように利用する健常者も同列だ。
自分だけが良ければいい。
行き着く所は、全てここだ。
人間には、母親の産道から頭を出した時から魂が肉体を離れるまでの間にその質を試される場面が何度と無くあるものだ。
その中で頻繁に繰り返されるのが、この自分だけが良ければそれでいいのかという問い掛けだ。
常識的に考えれば、それは、間違いだと誰もが答える。
だが、それを実践出来ているかと言えば、口ごもり眉間に皺が寄る人が大半だろう。
そして、この問い掛けは繰り返される。
一旦クリアした積りでも未だ未だ甘いと繰り返される。
どうしてそんなに執拗なのかというと、実践しない方が楽だからだ。
人は、魂を磨く為にこの世に生を受けるという実体の無い上に半信半疑の目的と目の前にある自己中心的幸福を秤に掛けた時に誰しも一旦は後者に傾くものだ。
そりゃあ、一方は、実体が無いんだし、誰かが監視しているわけでもないんだから。
そして、失敗を繰り返すわけだ。
勿論、魂を磨くという意味における失敗だけど。
だが、この失敗を何回か経験する内に自分が成長していない事に気付きはじめる。
そう気付いた時点でワンランクアップだ。
だが、その後にもっと大きな自己中心的幸福の誘惑がやって来る。
そして、脆くも崩れさる。
この繰り返しが、この種の問い掛けのシステムでありカラクリだ。
付き抜けられなければ、この問い掛けは、来世、来々世でも続くようにセッティングされている筈だ。
日本という国を一個人として考えた時に、今回の震災で受けたダメージは、あまりにも大きい。
身も心もボロボロだ。
だが、それは、魂をも駄目にするものとは違う。
逆にこんな時だからこそ尚更魂磨きに精を出すべきだと俺は思う。
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恋愛の醍醐味2

恋愛の醍醐味は、ドキドキ感だ。
って話をしたわけだけど、この不思議な感情は、恋愛の回数を幾ら重ねたとしても変わるものじゃない。
それは、やっぱり恋愛が人間にとってそれだけ重要なものなんだっていう証なのかもしれない。
そして、その心理を例えて言えば、裁判で無罪か有罪かを宣告される被告の心境に近いものがあるような気もする。
ドキドキするって事は、一種の緊張感でもあると思うんだ。
緊張するのは、その前に重大な何かが待ち構えているからだよね?
じゃあ、その重大な何かって何だろう?
俺は、君の事が世界中の誰よりも好きだ。
そんな全身全霊を込めた言葉に対する反応だよね、きっと。
恋愛においては、いたる所にドキドキがあるわけだが、その最高潮の波は、初っ端に襲ってくるから厄介だ。
あたしもあなたの事が一番好き。
だったら勿論最高だ。
そのまま天にも昇って死んじゃってもいいって感じだよね。
ごめんなさい、あたし他に好きな人がいるの。
目の前が真っ暗になって生きてる心地もしないよな。
あなたは、良い人だと思うけど彼氏って感じじゃないの、お友達でいましょ。
なんて中途半端な答えも死刑宣告と同じだよね。
最高か最悪。
やっぱり無罪か有罪かって感じだろ?
どう考えても答えは、このどちらかしか無いって事だ。
確率からいけば半々かというとそうじゃない。
相手にも色々な事情があるし、もし彼氏が欲しいと思っていたとしても周りにはそんな対象が何人もいるんだからね。
そんな中から自分が選ばれるかどうか。
これは、やっぱりドキドキするよ。
期待と不安の入り混じったこのドキドキだけど、誰だって不安の方は、出来る限り少なくしたいと思うのが普通だ。
方法が無いわけじゃない。
所謂恋のテクニックという奴だ。
これは、難しいようで実は簡単な事だと俺は思っている。
自分を在りのままに全て曝け出す事だよ。
全てという事は、弱点も晒す事になるから一見不利に思えるかもしれない。
でもね、恋愛で先ず最初に相手に求めるものって信頼なんだよ。
これが無きゃ何も始まらないし、もし始まったように思えたとしてもそんなものは、薄っぺらなまやかしみたいなものだよ。
かっこつける事が恋愛の近道だって誤解しやすいけど、実は、最も遠回りなんだと思っておいた方がいいぞ。
真正面からお互いを受け止めあう事が出来ないんなら、それは、本当の恋愛とは言えないと思う。
俺は、こういう所が駄目なんだ。
いいよ、そんな時は、あたしが助けてあげるから。
いいだろ?こういうのって。

恋愛の醍醐味

夏は、恋の季節って何回も言ってきたけど、みんな、調子はそうだ?
毎日いちゃいちゃしてんのか?
でも、年がら年中くっ付いてりゃいいってもんでもないんだぞ。
いや、寧ろそういうのは、あんまり良い事とは言えないかもしれないな。
だって、そんなにいつも一緒だったらそれが当たり前みたいになっちゃうだろう?
当たり前の何処が悪いんだって言いたいんだろ?
そうだな、一言で言っちゃえば新鮮味が無くなるよ。
恋愛で言う新鮮味っていうのは、ドキドキ感だよ。
だいたいさ、このドキドキ感が恋愛における一番の醍醐味だからね。
醍醐味って本当の面白さ、最上のもの、深い味わいって意味だぞ。
これが無くなったら女の子の場合は特にだと思うけど、例え一緒にいても何となく不安になるんだよ。
前は、あんなにしょっちゅう電話して来たりデートに誘って来たりしたのにあの時のあなたは、いったい何処へ行っちゃったの?
みたいにね。
だからといって恋愛感情が無くなったというわけじゃなくても確実に情熱って意味では、下降するのは間違い無い筈だ。
そんな事言ったら結婚とか同棲は、良くないって事になるじゃないかって思うんだろ?
悪いけどそれは、否定出来ないな。
確かにドキドキ感って意味ではね。
その代わりと言っちゃあなんだが、一緒に住めば相手の存在を独占出来るわけだ。
他の人に取られたくない、自分だけの存在でいて欲しいという欲求を満たす事が出来るんだもんね。
これは、確かにでかいよ。
独占っていう響きは、あんまり良くないかもしれないけど、それによって得られる安堵感みたいなものは、或る意味達成感と同じ様なものだからね。
それじゃあ、ドキドキ感と安堵感を同時に得る事は、出来ないのかって話だ。
残念ながら、付き合ってる時と一緒になってからを同じに考えたらおそらく無理だと思うよ。
一つの案として、偶には距離をおくっていうのが良いように思うな。
愛し合ってるんだから離れられないっていうのは、勿論分かる。
でも、少しでも長続きさせたいんならこれが最もな妙案だと思うよ。
距離をおいたら、あの人今何してんのかな?とか、他の人といちゃいちゃしてんじゃないか?とか、心配になったりしてさ。
そしたら、もう直ぐにでも会いたい、会いたくて仕方が無いって思うだろ?
なっ、ドキドキ感が戻るだろ?
こうやって、良いチャンスだ、浮気しちゃおうなんて実行に移しちゃうんだったら、どっちみち長続きなんかしやしないんだからその程度かって思うしかないけどね。
こんな話を聞いて、あたし達の愛は純粋なんだからそんな事する必要も無いって思った人も多いかと思う。
ずっと一緒だしドキドキする気持ちも変わらないってね。
そう思うのが普通かもしれない。
でも、それが続くのは、いいとこ3ヶ月から半年、1年間続いたら大したもの、3年続いたら奇跡だよ。
その気持ちは、よ~く分かるが、俺の言った事も一応、頭の片隅にでも置いておいた方がいいと思うよ。

鏡の中の自分

いやぁ、暑い、暑い。
毎日、頭がくらくらするぜ。
その上やらなきゃいけない事が次から次へと起こるから脳味噌が味噌汁になって溶けだしそうだよ。
そういう立場だからとかそういう仕事を選んだのは自分だからなんて納得しようとする反面、実は、どんな仕事を選んでいたとしても結果は同じようなもんだとも思う。
実際、過去の職種の時も同じ思いに陥った事があるわけだし。
ついこの間もこれに近いような話をしたけど、結局は、これが自分の生き様なんだと思う。
楽をしようと思えば出来るんじゃないかって気がする。
でも、きっとそれは、単なる幻想でしかない事がこの歳になると良く分かるんだ。

こうしていればもっと良い結果が出たのかもしれない。
ああしていれば誤解も招かずに済んだのかもしれない。
みんなもそんな思いに駆られる事って結構多いんじゃないか?
だけど、そんな思いなんかも夢物語の一コマでしかないんだと思う。
問題にぶち当たった時って誰だって真剣に考えてベストの答えを導こうとするよね?
そして出た答えだったら、あれこれしていればどうなったとかって既に有りもしない事だし弁解以外の何物でもないって事になると思うんだ。
例えば自分主催のイベントを行ったとしよう。
結果的にお客さんの入りが芳しくなかったとする。
集計してみると或るバンドが全くお客さんを呼んでいなかった。
本当はそのバンドじゃなくて他のバンドを入れる積りだったんだよね。
なんて思っちゃいけないと思うんだ。
これが、イベント主催者としての自分の実力なんだって認めなきゃいけないと思うよ。
本当は入れたかったバンドっていうのも主催者の熱意次第で出れたかもしれないんだし。
バンド側にも色々な事情があるわけだけど、きっと何処かで見切りを付けたんだよ、自分が。
そして、ならばという事でもう一つのバンドを入れる決断をしたのも自分の筈だ。
だったらベストを尽くしたんだからそれが自分の実力だよ。
イベントとして面白いってアピール出来なかったのも自分の実力だよ。
本来、イベントってそのイベント性で勝負するものだと思うし。
要するに実力不足の主催者が、それに見合った結果を出したに過ぎないって事だと思うよ。
だから、大切な事は、その結果を真摯に受け止めて次の課題にする事だと思うんだ。
べストを尽くすって事は、踏ん切りを付ける事でもあると思う。
そこに後悔なんて言葉の入り込む隙なんて本当は無いんだよ。

自分で結論を出して起こした行動に対する答えは、自分以外の誰の責任でもないし我が身を写す鏡だ。
そして、幾つもに見える道が、実は一本でしかない事を鏡の中の自分は知っている筈だ。

密かな幸せ

毎日ライブを観ているとバンドに華が有る、無いという違いがはっきり見える。
ステージに立つ側からするとこの差は、とてつもなく大きいものだ。
そして、それは人気のバロメーターとも言えるお客さんの動員という目に見える形としても現れる。
それじゃあ、この華って何なんだと言うと如何にも漠然とした答えしか返ってこない。
持って生れたものが華なのか?
それとも育っていくものが華なのか?
その答えに関しては、非常に分かりやすい例がある。
長年、脇役専門として活躍した俳優が、徐々に主役となっていく例等は、その典型だ。
こうやってセンターを得た人の座は、並大抵の事では揺るがない。
ちょい役、脇役時代に作り上げた土台が磐石だからだ。
こういうのが理想的な華の形なのだろうと思う。
そして、この華に成分という物があるのだとしたらそれは人から貰ったエネルギーだと思う。
華を持って生れたと言われるような人というのも実は、子供の時の環境から生れたもので、本当はこの世に生まれた瞬間から備わっていたというわけではないような気がする。
○○ちゃん可愛いね、なんて大勢の人から持て囃されていた事が多ければ多い程、結果としてそれが華へと進化していったという事なんじゃないかな?
でも、それだけじゃあ華と言っても華奢な華だ。
いつ枯れて萎んでしまうかも分からない。
勢い付いている時はいいが、一旦元気を無くすとなかなか元には戻らない。
華と花は違うけど人を魅了する非凡な存在という意味では、花も華の内だ。
そんな、花のように人を魅了する事を生業にしている人達だけにこの華が必用なのかというとそうとは限らない。
人が10人集まれば、大抵一人は華のある人がいるものだ。
野球やサッカーで1チームに必ず一人は華のある奴がいるのと同じだ。
これが、華奢な華なら立場は微妙だ。
なんだよ、あいつ、一人だけ目立ちやがってと陰口も何処からか聞こえてくる事だろう。
でも、それが名脇役から上り詰めた華ならそうはならない。
地味な役も散々こなしているからちょい役、脇役の気持ちが理解出来るからだ。
役者だろうと一般社会人だろうとどんな所にもステージは有る。
そして、人のエネルギーを貰って育つ華に焦りは禁物だ。
じっくり地盤を固めて他人の気持ちも理解しながら徐々に徐々に光を増していく事が肝心だ。
そんな磐石の華に育つかもしれない人達に出会える場所に居れる事。
それが、俺の密かな幸せでもある。

運命の出会い

男と女が恋に落ちる時というのは、必ずそこに切欠というものがある。
そして、それが所謂出会いであるわけだけど、この出会いっていったい何だろう?
仕事だったり学校だったりに行っていれば必ず何人もの異性と係わるのにそれを出会いとは言わないよね。
もっと極端に言っちゃえば毎日外を歩けば色々な異性と擦れ違うし、店に入ればその店の異性と会話もするわけじゃないか。
いらっしゃいませ、ご注文は?
カレーライス下さい。
これも異性との係わりと言えないわけじゃない。
そうやってどんな所にも異性と恋をするチャンスは、転がっている筈なのにそれを出会いとは言わない。
そんなチャンスは無視をしていながら誰しもその得体の知れない出会いを求めているって不思議だと思わないか?
要するに運命の人と出会いたいって事なんだろうけど。
運命の人・・・ってこれも益々曖昧だ。
その人が運命の人かどうかなんてどうやって見極めるんだよ?
セックスまでいったら取り敢えず運命の人って言うのかな?
それだったらソープ嬢なんて1日に何人もの運命の人に出会ってる事になっちゃうし。
これは、あくまで俺の予想もしくは妄想かもしれないけど、運命の人との出会いってお互いの心の位置みたいなものが一致していないと只の擦れ違いでしかなくなるような気がするんだ。
こんにちは、あっ、どうも。
で終わるくらいは未だましな方で本当に擦れ違うだけのその他大勢の中の一人みたいにね。
そして、その位置が低い所に居れば低い位置に居る人としか出会わないし逆に高ければ同じような高さの人としか出会わないような気もする。
あくまで出会うと係わるが別のものとしての話だからそこは勘違いしないでくれ。
よくある話で今まで何とも思わなかったのに或る日突然異性として意識するようになる事ってあるだろう?
そういうのってどちらかの心の位置が変わったって事だと思うんだ。
俺のイメージしている事がもし正しいとすると人として素敵な人と出会うには自分も素敵な人でなければ出会えないという事になる。
いくら表向きを着飾っても何の効力もない。
いやらしい目付きで挑発しても何の発展も生れない。
同じ付き合うなら誰だって人として魅力的な相手と付き合いたいって思うよね?
そして、それが運命の人であって欲しいと願うよね?
だったら先ず自分の心を成長させる事が先決だ。
最高の運命の出会いが有るか無いかは、全て自分次第って事のような気がしてならないんだ。

リンクするこの世とあの世

ここで投げ出したら楽だよなぁなんて思う事ってあるだろう?
投げ出したからといって死ぬわけじゃないし、誰かが何とかしてくれるだろうしなんてね。
今まで何回そんな思いが過ぎった事だろう。
それでも何でそうしなかったんだろうと思う時がある。 
意地かプライド、それとも安定?
3つしかない選択肢の中に安定が入っている所が如何にもダサいが完璧にそれを否定出来ないのは、正直に腹の内を晒さなければ君等と向き合う事が出来ないからだ。
安定を求めるというのは、立ち止まる事、成長を止める事でもあると思う。
確かにそんな気持ちになる時がいつか訪れるのは、人間誰しも逃れられないのかもしれない。
それでもそれは、老いるって意味だと認識している俺には、完全否定ではないまでもまだまだ先の事のように思える。
となると、残りはあと2つ。
本当は、プライドと言ってしまうのが一番かっこいいようにも思う。
それでもさっき正直に晒すのが君等と向き合う事だと言い切ってしまった手前、無理のある台詞は、この際無しにしよう。
そうなんだ、やっぱり意地なんだと思う。
何に対して、誰に対しての意地なのか。
ライバル?
それも少し違うような気がする。
もし、それがライバルだとするなら結末がそう長くは続いていない筈だし。
でも、意地っていうのは、常にそれを受け取る対象があって成り立つものだよね。
こうやって的をどんどん絞っていく事って、結局自分自身を見つめ直す作業でもあるから嫌いじゃないんだ。
もう一人の自分に対する意地。
間違い無くこれだよ。
勿論俺は、二重人格ってわけじゃないけど、人間って誰しもどんな時でも例外無く2つの道を選択出来ると思うんだ。
それは、平坦で楽な道とくねくねしてでこぼこした険しい道に分けられると思う。
だらしなくて面倒臭い事が大嫌いな俺は、当然楽な道を進みたい。
でも、必ずそうじゃないだろうというもう一人の俺がその前に立ちはだかるんだ。
お前、本当にそれでいいのか?
後悔するんじゃないか?ってね。
勿論、それを振り切って楽な道を選んだ事が無いわけじゃない。
でもさ、そういう時って大抵落とし穴に落ちる事が多いんだ。
若い時は、そこで振り返って、ああ、あそこで楽な方を選んだからだなって反省するんだ。
ここで話が終わっちゃうと単なる教育論だよね。
そんな内容ならこのブログも別に書く意味も無いのかもしれないし。

え~と、話がこんがらがらないように言っておくけど、ここまでは、何年か前までの俺の発想だ。
ところが、今は、全く別の自分が目覚めてしまったんだ。
これから俺が言いたいのは、もう少し視野を広げた発想なんだ。
その後に気が付いたのは、上手くいった事、ろくでもない結末も全て認めて受け入れてしまうのが最善なんじゃないかと思うようになったんだ。
簡単に言うと、選択肢なんて最初からあるように見えて無いんだよ。
悩んだり迷ったりした事もそれが一本の道でしかないんだ。
だから、全ては成る様にしかならないし逆を言えば全ては何とかなるって事だ。
その法則みたいなものが分かっちゃえば、全ての現象は、楽でしかないって意味だ。
その過程を楽しんじゃえばいいだけの事だと思うんだ。
ここに気が付いた時に何となくだが、天国とか地獄って言われる場所って、実は常に俺達が居る所なんじゃないかって思うようにもなったんだ。
天国でもあるし地獄でもあるってね。
実際に人が死んだら魂の行くべき所ってのがあるとも思うけど、それって今自分が存在している場所でもあるって事だよ。
こっちとあっちが常にリンクしているみたいなね。
こんな物理や科学を超えた所に宇宙の法則というか、理屈みたいなものが隠されているんじゃないかな?
みんなも覚醒しちゃおうぜ!
苦しい事、悲しい事も全部ひっくるめて生きる事の楽しさって枠の中にあったんだって気が付くよ。

雨の七夕

7月7日といえば勿論七夕なんだけど、今年も東京は雨らしい。
別に雨でもいいじゃんって思うかもしれないが、織姫と彦星からすれば一大事だ。
何しろ愛し合って夫婦になった二人が引き裂かれて1年に1度だけ再会が許されているのが、この七夕の日だ。
でも、雨が降ると天の川の水かさが増し、川を渡る事が出来なくなって会えなくなっちゃうんだ。
可哀想過ぎるだろう?
くだらねぇ、馬鹿じゃねぇの?
って思った君は、実につまらん人間だ。
そういうロマンの欠片も分からん奴は、もう此処に来んじゃねぇ!
本当に最近のガキは、想像力に乏しいというか心が貧しいというか・・・。
コンピューターで管理されて出来上がった物の中ばかりで、それが恰も全ての正義だと思い込んでる君等にこんな事を言っても酷なのかもしれないけど。
言っとくがな、コンピューターなんて、あんなのは電卓が進化しただけなんだぞ!
単なる算数がちょっと出来る機械ってだけなんだよ。
文字も絵も数字の組み合わせじゃねぇか。
凄く極端な事言ってるのは分かってるけど実際そうだからね。
少し前に右脳と左脳の話をしただろ?
医学的に解明されてるとかされてないとかそんな事は、この際どうでもいいんだ。
実際、右でも左でもどうでもいい。
だけど、脳の中で理屈と感性で働く部分が違う事は、確かだ。
そういう意味で分かり易いように右脳は感性、左脳は理屈って言ってるだけだからな。
要するにコンピューターの言う事ばっかり信じてるといつの間にか左脳的人間になっちゃうって事だよ。
だから七夕の話を聞いて馬鹿馬鹿しいって思うんだよ。
そういう発想、生き方って本当につまんねぇぞ。
もう何年も前の話だけど、或る人と映画を観に行った時の事だ。
それは、ハリウッド映画のように破壊的で単純明快な物とは真逆に位置するような研ぎ澄まされた感性の塊りのような作品だった。
エンディングが流れ、俺の胸は溢れんばかりの充実感に満たされた。
どうだった?と同意を求めた俺に帰って来たのは、意外な言葉だった。
あ~あ、こんなの何処が面白いの?時間の無駄じゃん。
その後、二度と二人で映画館へ足を運ぶ事はなかった。
軽蔑なんて驕った気持ちは起こらなかったが、この人の感性を疑ったのは事実だ。
この感覚が通じないんじゃお互い理解し合える事も今後少ないのかもしれない。
感性の違いというのは、誰にでもあるものだと思う。
だけど、溢れんばかりの充実感と時間の無駄じゃあ接点が無さ過ぎる。
押し付けたら相手の人格までも否定する事になると思ったので適当に誤魔化したが、悲しかったのは事実だ。
君等と全てを分かち合おうなんて気持ちは更々ない。
だけど、自ら損をしているような脳味噌の使い方には苦言を呈したい。
損という言い方にカチンと来るなら勿体無いに替えてもいいけど。

自由はゼロから始まる

自分の目標を持ち、それに邁進するというのは、或る意味最大の幸福でもある。
国によってそれが出来る国と出来ない国があるわけだが、そういった意味で最も開けているのが、やはりアメリカだと思う。
所謂アメリカンドリームという奴だ。
このアメリカンドリームを目指して渡米する若者の数は、一向に減る事がない。
日本もそういう意味では、かなり可能性のある国になったとは思うが、まだまだアメリカの足元には及ばないようだ。
これは、やはりアメリカという国が、国の出来た生い立ちからして多民族が入り乱れた仕組みになっているというのが大きな原因なのは、おそらく間違いないように思う。
他民族を一つに束ねるには、全てを平等に扱うという精神が基本的に必用になる。
実際の所、アメリカという国には、未だに沢山の人種差別がある。
そして、それを原因とした沢山の争いも絶えない。
でも、そういった中にも平等が正義という精神が常に生き続けているのは確かだと思う。
平等というのは、単純明快に言えばスタート地点が同じという事だ。
それは、自由はゼロから始まるという事も意味している。
こういう姿勢は、大いに見習いたい所だが、果たして日本の場合はというと些か違うような気がする。
それが、顕著に現れるのが就職という壁を前にした時だ。
若干意識の変化はあるものの未だに日本の若者は安定志向を求める。
それは、親方日の丸的職業が最も人気があるという部分で明らかだ。
ゼロから自分の力で開拓して可能性を求める事よりもスタート時点で出来上がっている豪華客船に乗り込みたいという事なんだろう。
ゼロから始めるという姿勢には、夢も満ち溢れている反面、伴うリスクも大きい。
このリスクを避ける事が上手な世渡りと思っている若者が多いというのは、なんとも歯痒い現状だ。
彼等は、明らかに間違っている。
厳しい世の中を生きて行く上で最も大切なのは、経済的安定だと勘違いしている。
そして、自らの幸せの在り処はそこにしか無いと誤認している。
そうじゃない。
そこにイコールが付くかどうかは、全く別の話なんだ。
活き活きとした毎日、充実した日々を送る事が、幸せのしの字なんだ。
爛々とした目で単身アメリカで頑張る日本人も沢山いる。
彼等の生活は、過酷だ。
気持ちが途切れれば何処までも下降する事を知っているからだ。
自由というものが、そういうものだと肌で感じて理解しているからだ。
だから、自分の全てを賭けて頑張る。
こんな強くて素敵な人達が集まっているからアメリカの魅力は未だに衰えない。
もう一度、自分の足元を見つめ直してみよう。
勿論これは、自分自身に対しての問い掛けでもあるんだが。

調和と曖昧の境界線

電力使用制限令ってのが7月1日から発動になった。
出来る限り協力したい気持ちはある。
だけど、どうも胡散臭い。
確かに真夏ともなれば電気使用量が増加するのは分かる。
でも、毎日発表されているあの供給量に対する使用量っていうのは本当なのかなぁ?
なんか原発が無くなったらこれだけ困るんですよっていうのをアピールしようとしているようにしか思えないんだが。
こんな不信感を感じるようになったのは、やっぱり嘘の発表をし続けた東電の責任だと思うが、言い換えれば政治家を筆頭にどうとでも受け取れる中途半端な姿勢を時には美徳としてしまう日本人の体質が根本的原因のようにも思えてしまう。
確かに何に対してもはっきりした事を言ってしまうと誰かを傷付けてしまうという場面に出くわす事は、常日頃から珍しい事ではない。
だから、そういう姿勢が思いやりと言えなくもないのは分かる。
日本人は、世界で最も思いやりのある民族だと言われるのは、そんな所からだと思う。
逆に日本人は、何を考えているのか分からないと一歩引いて見られるのも突き詰めれば原因は、同じ筈だ。
極論を言ってしまえば、特にアメリカ人、韓国人には、イエスとノーしか通じないと思ってしまってもいいかもしれない。 
価値観の相違と片付けてしまえば簡単だ。
でも、世界という意味で照らし合わせてみれば圧倒的に日本人のスタイルの方が少数派だという事は、常識として弁えておいた方が良いと思う。
そして、欧米化が進んだこの国にも既に多数派の良さが浸透しつつあるのは、火を見るより明らかだ。
曖昧さと明白を上手く使い分けるのが、より良いという意見が聞こえてきそうだ。
だが、その結果が現状のような不信感を生んでしまったという事は、やはり日本人の言葉の使い方にも限界があったと認めるべきだと思う。
癌患者にそれを宣告するのが良い事なのかどうか。
今から二十年位前にこんな問題が議論されたのを君等の世代は知らないかもしれない。
それより以前は、そんな宣告を本人に直接する医者なんていなかった筈だ。
それが、時代の変化と共に宣告も当たり前と大きく流れが変わっている。
医学の進化によって癌も不治の病ではなくなったからだというのも確かに大きな原因の一つだと思う。
だが、もっと大きいのは、人々が真実を知る自由を選択肢に加えた事だと思うんだ。
それを知る事で新たに今後を如何に過ごすかを考える自由を手にしたとも言える。
俺は、自分自身がイエス、ノーをはっきりしなければ気が済まないタイプだと思う。
でも、全てをイエス、ノーで済ませているかと言えばそうではない。
否定しながらも曖昧な言葉をいつの間にか使っている自分に気が付く。
やはり、どう足掻いても日本人だ。
調和と曖昧という悶々とした境界線を越える事は、俺の世代ではまだまだ難しいという事なのかもしれない。

ちんちん代謝

う~む、熱いのは嫌いじゃないが、やっぱり熱い。
寒いよりよっぽど健康的だが、それでもやっぱり熱い。
そして、気温の上昇と共に高くなるのが、女の子達の露出度だ。
太腿フェチの俺としては、毎日目のやり所がないぜ。
夏と言えば、水分を沢山とって汗もいっぱい掻くって事で体の新陳代謝も活発になる季節でもある。
新陳代謝が活発になると他の部分も活発になるから不思議だ。
新陳代謝ならぬちんちん代謝も絶好調期を迎える事になる。
お前等、いい加減、童貞は捨てたんだろうな?
あんなもんいつまでも大事にしてたって何の役にも立たないぞ。
この間、童貞君にいつまで童貞のままでいるんだって訊いたらお互いに心の底から愛し合える人と出会えるまでって答えた奴がいる。
二十歳過ぎの男にこんな事言われるとは思わなかったぜ。
お前は、お姫様か?
貴族の血筋かこの野郎!
と言ってやったが、そいつの言ってる事がおかしいというわけじゃない。
本来は、そうあるべきだと俺も思う。
実際、俺も童貞を捨てた相手とは、お互いそういう思いだった積りだし。
でも、15だったからね。
そういう純粋な感情は、自分自身も純粋無垢な内に実らせとくべきだと思うよ。
二十歳過ぎてそんな事言ってたら只単に気持ち悪い奴でしかないぞ。
そして、じゃあ、今まで好きになった女の子とは、どうしていたんだ?
キスぐらいはしたんだろ?と訊いてみた。
すると、身が凍りつくような答えが返って来た。
今まで好きになった女の子なんていないし・・・。
一瞬、目眩がしたが、これも現代社会の実情なのかもしれない。
恐ろしい程の受け身主義だ。
柔道の受け身じゃないんだからと駄洒落をかましてみたが、空しい空気が漂うだけだし。
ちょっと可愛い子がいたらスカート捲ったりおっぱい触ったりとかしなかったのか?
俺なんか生徒だけじゃなくて若い女の先生のパンツまで脱がそうとして職員会議にかけられた時は、流石にやり過ぎたかななんて思ったりしてさ。
なんて少しでも場を和らげようとするこっちの気持ちなんてお構い無しに帰って来るのは、沈黙ばかり。
何という消極さ加減。
そんなんじゃ心の底から愛し合える相手なんて現れるわけねぇよと言ってやりたくなったが、常識論からすれば俺の方がまともじゃないという事も一応分かっているので言葉選びも難しくなる。
結論としては、失敗する事、傷付く事を極端に恐れるというか、避ける事が正しいと思い込んでいるように受け止められる。
これを全て自分の責任と言い切ってしまうのは、少し酷なようにも思う。
じゃあ、親や学校に責任があるのかというとそれも大有りだとも思うがそれだけじゃない。
一方的にそういう姿勢を否定するよりもこれが時代の流れと肯定してしまう方が、或る意味正しいような気もする。
年齢と行動が、俺なんかの時代とは大きくずれているって事かもしれないし。
最近、言う事が随分優しくなっただろ?
以前は、童貞なんか糞と一緒だなんて言ってたもんな。
だけどね、人が生きて行く上で乗り越えなきゃいけないものって沢山あるんだよ。
その最初の大きな難関が、男なら童貞を捨てる事だと思うんだ。
受験に受かる事も就職試験に受かる事も大きいかもしれないけど、そんなのは、人間としてという大きな尺度からすれば大した事じゃないんだ。
人は、心が成長しなけりゃ生きてる意味が無いんだよ。
その心が成長する時には、必ず切欠というものがあるんだ。
誰かの一言とか、何かの反動とかね。
そして、一通りの所まで来るとやってくるのが大きな難関だ。
これを乗り越えると人間が一回り大きくなる。
この繰り返しだよ。
だから、大きな難関は少しでも早く乗り越えておいた方が成長も早いし結果的に器も大きくなるって事なんだよ。
一発やったら今まで自分が如何に子供だったかが分かるよ。

大事な拘り

マイケルジャクソンが、スリラーで着ていた赤いジャケットをオークションにかけたら1億4400万円で落札されたそうだ。
凄いと言えば確かに凄いのかもしれないが、ここまで来ると金銭感覚とか何とか関係無くなっちゃうよね。
東京のそこそこの立地にそこそこの家が3軒建つ金額とジャケット1枚が、略同額ってんだから呆れるよ。
やっぱり、人の価値観って相当な幅広さがあるって事だね。
その事を俺が初めて知ったのは、小学校2~3年くらいの時だ。
今の子もこんな事やってるかどうかは知らないが、俺のそのくらいの歳の頃ってやたらに変な物を集めるのが流行っていたんだ。
変な物って言ってもそれは、大人からすれば変なんだけど当時の俺達からすれば金の延べ棒やダイヤモンドなんかよりもよっぽど貴重な代物だ。
最近は、瓶入りの牛乳を飲む人も少なくなっているが、あの昔ながらの紙の蓋がその一つ。
もう一つが、日本酒の金属製の蓋の部分。
下にコルクの栓が付いているんだが、それは必ず切り取るのが常識だ。
これを沢山持ってなきゃ話題にも入れないくらいのブームだったから不思議だ。
どちらもメンコに少し近いような遊び方をするんだが、一応勝負ではあるので勝てば相手のをぶん取れる仕組みだ。
肝心なのは、ここからで、ああゆうのってメーカーや種類が違えば当然蓋のデザインも違うだろ?
そうすると、マイナーなのもあるんだよ。
マイナーにも色々あるんだけど、中には或る地域でしか販売されてないなんてのもあるからね。
こういうのが、物凄く価値があってね。
そんなのを持ってると10枚とか20枚賭けるから勝負しようなんて事にもなるんだ。
家が金持ちの子なんて、1000円とか2000円で売ってくれなんて言ってくるし。
俺は、1億4400万円でも売らなかったと思うけど。
あれから数十年経ったわけだけど、こういう収集趣味、コレクター的な嗜好は、未だに俺の中で息衝いているようだ。
プロレスラーのフィギュアなら数千体、Gショックなら130個。
殆どが、寝ずにオークションで頑張って落札したものだ。
お陰で如何に安く落札するかというテクニックは、かなりのもんだと思うよ。
少年時代から何も変わってないなぁ、なんて思う事もあるけど、おそらく死ぬまで変わらないような気がするなぁ、こういう所は。
変える気も更々無いけどね。
何だろうね?こういうのって。
物欲趣味っていうのとは、ちょっと違うような気がするし。
拘りを大事にするって言ったら、ちょっとかっこ付け過ぎかな?

独断的未来予想

数年前に今後は、映画館に出向く人が少なくなり映画は、家庭のテレビ画面で観るようになる。
そして、テレビは、PCや携帯にその立場を奪われ視聴時間は、確実に減少するだろうと予言していた人がいる。
冷静に考えれば誰でももしかしてそうなるかもと思えたかもしれないが、おそらくそれを断言した人は、そうそういなかったんじゃないかな?
それじゃあという事で、俺も近い将来、世の中がどう変わっていくかを予言してしまおう。
○一般的な携帯電話は、消滅する。
○所謂パーソナルコンピューターという代物は消滅し、テレビと一体になった大型固定型の産物のみが生き残る。
○電話は、スマートフォンが進化して機能も現代のPCを上回る存在となり、持ち歩く物というよりも腕時計のように身に付ける物になる。(ゆくゆくは、それが極小サイズとなり、体内に埋め込まれる事になると思うが、近未来という事で今回は除外する。)
○会社内での事務的作業は、存在しなくなり全て在宅業務に切り替わる。
○東京中心型が地方都市分散型の流れへ移行する。
○略単民族国家だったものが多民族国家に変貌する。
○それにより複数国語を話せる事が常識になる。
○世の中を席捲する勢いを持つ新興宗教団体が多数生れる。
○その事が原因となり宗教戦争紛いの事件が多発する。
○少子化が、予想を遥かに超えた勢いで進み、子供向けの商売は、大きく淘汰される。
○その反面、老人向け産業が大躍進する。
○同性婚が、法的に認められる。
○音楽業界、出版業界、放送業界が、壊滅的な状況に陥り三者複合型の新産業が生れる。
○知的要素を持った新しいアイドル象が確立される。
○女性首相が、誕生する。
○年間自殺者数が、5万人を超える。
○メンタルアドバイザー、メンタルケアサポーターが、業種として大躍進する。
○派遣型女性用風俗店が、活況となる。
○オレオレ詐欺の女性版、私私詐欺が横行する。
このまま書き出してたら、あと三日間は掛かりそうなんでもう止めにしよう。
だけど、ろくなのが無いなぁ。
スマートフォンの進化だって俺的には、良くない事だし。
昔の人が、未来を想像したら明るいものしか出て来なかったんじゃないかと思えるけど、自分をポジティブなタイプだと思ってる俺でもどうしてもこんなのしか出て来ないよ。
こういう悶々とした空気を取っ払うには、やっぱりいいセックスするしか無さそうだな。
一発やったら今度は、明るい未来編を書いてみよう。

進化と裏腹の退化

一気に熱くなったが俺は、熱いのが嫌いじゃないので一向に構わない。
構わないんだが、非常に苦手な事もある。
それが、エアコンなんだ。
どう考えてもエアコンって体に悪いと思うんだが、そんなの俺だけかな?
今も部屋の中は、おそらく30度以上ありそうだが、窓を全開にすれば快適とは言わないまでも問題は無い。
そんなの只の痩せ我慢だろ?
なんて声が聞こえてきそうだが、そんな奴らには、だからお前等軟弱なんだよって言い返してやろう。
う~む、なんだか年寄りの小言みたいで言ってるこっちがこっ恥ずかしくなってきたからもうやめよう。
だけど、今年は別の意味でエアコンの使用を控える人が多くなりそうだ。
幾ら節電って言っても真夏にエアコン抜きって考えられないよって思うかもしれないが、それは単なる贅沢病に侵されてるだけだ。
現に俺が子供の頃なんかエアコンがある家なんて殆ど無かったんだから。
おっと、また年寄り臭い話になっちゃったが、蒸し暑い真夏の夜に窓を全開にして風に当たりながら眠るのも悪いもんじゃないんだ。
自然の中で生きてるって感じるしね。
そういう意味での気持ち良さっていうのも大切なものだと思うし。
今回の原発事故による節電で思ったけど日常生活の中で最も電気消費量の多いものって多分エアコンだよね。
東電の言ってる供給量と消費量の数字には、何となく胡散臭いものがあると思っているのは、俺だけじゃないと思う。
だけど、もしその数値が正しいとしても本当に体の弱ってる老人とか病人以外は、エアコンを使っちゃいけないって事にしちゃえば計画停電なんか必要無いし原発自体の必要性すら無くなるわけじゃないか。
要するに我慢すれば何とでもなる事を快適にしようという贅沢と危険に晒されるのとどっちがいいんだって話だろ?
その我慢にしてもそれを楽しむ事が出来てしまえば我慢も我慢じゃなくなるわけだし。
四季があるから1年にメリハリが付くんだよ。
そして、それが人にとってもメリハリを与えるんだ。
なのに1年通して同じ様な気温だったら自然の尊さも奥行きも分からなくなっちゃうじゃないか。
自然を感じながら生きるという事は、自然の中で生きる動物と同じように人間にとっても基本なんじゃないかと俺は思うんだけどね。
何処かに必ず犠牲にしているものがあると思うし、一見進化の形のように見えても実は、裏腹に退化を導く事もあるんだという事は、認識しておくべきなんじゃないかな。

蟻の巣

私の事を嫌いでもAKBは嫌いにならないで下さい!
涙ぐみながらそんな事言われたらぐっときちゃうよね。
なんて思うわけねぇだろ、まったく。
女っていうのは、本当に怖いよ。
あんな思ってもいない事をよく言えるよ。
本当にそう思ってんならとっくに辞めてるだろ?普通。
それでもころっと騙されるんだよ、男っていうのは。
良く言えば純粋って事なのかもしれないけど本当に馬鹿だからね、男って。
勿論、俺もだけど。
女っていうのは、二十歳くらいになると嘘を真顔で言えるようになるから気をつけろよ。
涙を道具に使うのも常套手段だからね。
俺もそんな涙に何回騙されたことか。
あたしって駄目な女なの。
貴方に必用なのは、あたしみたいな駄目な女じゃないって分かったの。
なんて言い出したらもう他の男に気があると思っといた方がいいぞ。
本当に好きだったら絶対そうは言わないからな。
菩薩の境地までいっちゃってる人なら別だが、若くてそんなのは先ず有り得ないと思っておいた方がいいぞ。
ふてぶてしいと言うか図太いと言うか、それも生命力の強さの現われかもしれないけど。
まぁ、どっちにしても男は、女に敵わないって事だよ。
男なんて、何だかんだ言っても結局自分の好きな女に褒められたい為に頑張るようなもんだからね。
昆虫の中で蟻とか蜂って社会性があるのを知ってるだろ?
絶対、集団で暮らしてるよね?
その中で必ず一回りでかいのがいてさ、そいつがその群れを束ねてるわけだけど、それって絶対に雌なんだよ。
所謂女王蜂、女王蟻って言われる奴だよ。
やっぱりこれが自然の姿なんだと思うよ。
だとしたら、この自然の法則が人間界に当て嵌まっても不思議じゃないだろ?
そう考えると男を如何に上手にコントロールして働かす事が出来るかで女の裁量が判断出来るって事なのかもしれないな。
それが見え隠れしだすのが、二十歳くらいなんじゃないかな?
おそらく意識してというよりも無意識に近いのかもね。
才能が開花しだすみたいな感じなんじゃないかな。
どうでもいい事なんだけど、AKBの総選挙って武道館で行われただろ?
俺には、あの武道館が蟻の巣みたいに見えたよ。
働くだけしか能の無い蟻が集まって自分達のボスを決めるみたいなさ。
中には、投票権欲しさに一人で1200枚もCD買った奴もいるっていうじゃないか。
1200枚って言ったら200万近いぞ。
ああ、なんて健気なんだろう、男って。

地獄突き

人の好みは、千差万別と言うが、君等の大好きなオナニーにも色々と変わったやり方があるようだ。
そんな中で、これは絶対に真似をしたくないが、突き詰めるとこういう所までいっちゃうんだなという凄いのを見てしまったんだ。
以前、イラマチオの話をしたのは憶えているか?
フェラではあるんだが、無理矢理喉の奥まで突っ込んじゃう奴の事だ。
久々に観たエロビデオがこれだったという事もあるのかもしれないが、どうもあの衝撃が頭に焼き付いてしまったらしい。
これは、誰にも当て嵌まる事だと思うけどエロビデオってどうしてももっと刺激的なのを観たいってなっちゃうだろ?
それでネットで探してみる事にしたんだ。
そしたらあったぜ、凄いのが。
タイトルからしてインパクト大だ。
「地獄突き」だからね。
う~ん、実に分かりやすい。
内容も以前観た物よりかなり強烈で、女優が泡吹いて白目むく所までやってたからね。
痙攣もしてたし一歩間違ってたら本当にヤバイかもって感じだったぞ。
こういう快楽の世界って本当にギリギリの所まで行こうとするから怖いものがあるよな。
以前、こういった快楽の世界を追求した写真集を観た事があるが、指を切り落としたりなんていうのは、未だ可愛い方で、腕や足を切断したり目玉を潰すってのもあったからね。
それの何処が快楽なんだって思うかもしれないが、そういうのが気持ち良いって人もいるんだよ。
イラマチオのAV観たくらいで興奮しちゃってる俺なんか全然健全だよ。
さて、その作品の話に戻るが、冒頭に収録されていたのが、この女優が自分の指を喉の奥まで突っ込んで自らゲロゲロしながらやるオナニーなんだ。
本人は、イラマオナニーって言ってたが。
これは、エロかったな。
大体、初っ端がオナニーシーンで始まるっていうのは、かなり古い手法でこんなのは早送りするか次のチャプターに飛ぶっていうのが常識だろ?
だけど、観ちゃったよ、しっかりと。
涙流して鼻水と涎もだらだら流してんだけどマジに気持ち良さ気だったぞ。
口は、性器を表すって聞いた事あるけど、その口の奥にある喉には性感帯があるのかもなんて思っちゃったよ。
結局、自虐フェチって事なのかもしれないけど。
ところで君等は、いつもどんなオナニーしてんだ?
こんにゃくを人肌に温めて切れ目入れた所に突っ込んだりしてんのか?
意外と気持ち良いが、やり過ぎると空しくなるから気を付けろよ。
俺は、子供の時に金魚鉢にイチモツを入れて金魚に吸わせようとした事があるが、あれは駄目だったな。
空しさを通り越して悲しくなるからやめておいた方がいいぞ。
熟したメロンを丁度いい大きさにくり抜いて突っ込むという方法もあるが、あれは後で痒くなるから注意しろ。
おい!笑ってんじゃねぇぞ。
人がそんな事やってんのを見たら俺だって笑っちゃうけど本人からしたら大事な話だろ?

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