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DIARY

三軒茶屋HEAVEN'S DOOR
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空白のパーツ

俺は本を読む時でも大抵裸眼なんだが、物凄く疲れている時の読書の為用の眼鏡を持っている。

そんな時に本なんか読んだりしなきゃいいだけの話じゃないかと思うかもしれないが、そうじゃないんだ。
これは、自分が今まで出来なかったことを死ぬまでに取り返す為の作業の一つのような気がちょっとしている。

俺は、一生の内に読むべきというか、出会うべき本を全然読んでいなかった。
だからその帳尻合わせをやってるだけなのかもしれない。

本を読んでこなかった分、映画を多いときは月に70〜80本とか観ていたからそれで納得していたんだと思う。

これは誰もが当然のようにというか、見下す気持ちも込めてよく使う言葉だが、映画は原作を越えられないというのがある。
真っ当な人が一生の内に観る映画の数倍を既に観倒してきた俺様からすると、その言葉は間違っている、と思っていたんだが、今となっては完全否定出来ない。
いや、それどころじゃない。
残念ながら90%は、当たっていると言わざるを得ない。

その原因は、やはりビジネス的な部分が割り込んでくる割合が、映画の方が数倍多いからだと思う。

本だって完成するまでに色々な人の手が入るが、根幹の部分には踏み込まない仕組みになっている。

だが、映画は違う。

一般受けを狙って結末まで変えてしまう事も珍しいわけではない。
こうなってくると原作に対する冒涜とも受け取れるが、映画が当たれば結果的にそれで原作も売れることになるんだからいいでしょっていう一見正論のような間違った理論が罷り通ってしまうことになる。

人間が集中力を持続出来るのは、大人の場合90分だ。
これに諸々取り繕って120分。
演劇の舞台を観ればわかりやすい。
途中で必ず休憩時間があるだろう?
あれは、出演者が疲れるからじゃなくて観る側の集中力を考えてのものだからね。

映画は、その120分で勝負しなきゃならない。
短いから不利だと思われがちだが、フランス映画なんかでよく見られる手法で、それを逆手にとってアートとして完成させている作品もある。
それでもそれが、さっきの90%に入らない辛うじての10%の部分だと思う。

話がどんどん横に逸れていってる気がするので元に戻すが、簡潔に言うと映画より得るものが多い本を俺は読み漁りたい。

人間って誰でも死に向かって生きてるわけで、どんな死に様をするかを競っているだけみたいなもんだろ?
馬鹿も利口も宇宙のでかさに比べりゃ殆ど差は無いのはわかってるけど何に対してもベストは尽くしたいじゃん?
それが帳尻合わせでも何でも自分の中の空白のパーツを埋めるのは、結構楽しいぞ。




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チキンレース

最近のニュースでやっぱり一番気になるのは、北朝鮮とアメリカのやり合いだよな。

グァム近海にミサイルぶち込むってマジにやばいでしょ。

たとえグァムに当たらなくてもその近くには、サイパン、テニアン、ロタ、トラックってちゃんと人が住んでる島もあるんだし。

どうせ脅しだけで実際は、そんなのやるわけねぇって思ってたけど、今日のニュースで女性だけの軍隊まで作って訓練してるの見て、これってもしかして本気って思えてきたぞ。
昔の日本も戦争の時に女性にも竹槍持たせて突っ込む訓練やらしてたみたいだし。

あのデブ頭悪くない筈なのに何やってんだよ。

実際は、まだガキのくせに親父の後を引き継がされて調子こきまくって後に引けなくなっちゃったんだろうな。

ガキだからってなめられないように突っ張るのは、暴走族と同じだからわからんでもないが、あれじゃあ肝っ玉が小さいの丸出しじゃん。
弱いから吠える、怖いから強く見せようとするって典型的な題材だよ、まったく。

だいたい何なんだよ、あの髪形は。
いったい何処からああいうセンスが生まれてくるのか訊いてみたいもんだ。

今までは、アメリカのボスがオバマだったから良かったが、今度はド素人のやんちゃじじいだからまずいよ。

そういやぁあいつも髪形おかしいよな?
やっぱりズラかな?
あの庇に卵とかのっけても落ちなかったりして。

この変な髪形二人のやり取りは、チキンレースと言われてるの知ってっか?
チキンレースって昔の青春映画によく出てきた何処までブレーキかけずに我慢できるかっていう車を使った度胸の張り合いみたいなもんなんだが、そんなの二人でやっとけって感じだよ。

実際みんな内心では、結局何も起こらないって思ってるだろうが、今回は一応もしも戦争になったらどうしようって自分の考えは持っておいてもいい気がする。

とんでもない事が起こった時に一番大切なのは、自分を失わない事だ。

肝を据えときゃ何がどうなろうと怖かないよ。






音楽は愛だ

音楽ってやっぱり愛だなってあらためて思う今日この頃、なんちゃって。

凄く心に届く曲を聴いた後って無意識にそんな事思ったりしないか?

でもさ、音楽だけじゃなくて全ての現象というか、目の前にどんどん現れる出来事全てが愛から始まっているんじゃないの?なんて思ったりもしたりして。
そういう事を思わせてくれる力も音楽にはあるのかもしれないなぁ。

憎しみや苦しみなんかも元をたどれば愛から始まってるんだよ、たぶん。

そんな事ないよ、自分の事しか考えてない奴なんていくらでもいるじゃんって思ったとしても、それも自己への愛から始まってるって事になるだろ?

べつに哲学的でも宗教的発想でもなんでもなくてさ、強いて何々的っていうなら、極々当たり前の自然的発想かな。

ここに書く事って出来る限り店やバンドの宣伝みたいなのは避けようと思ってるんで、どのバンドのどの曲とか敢えて言わないけど、俺も心を洗われちゃったんだよね或るバンドの或る曲で。

生きてると色々あるじゃん?
人間関係とか金銭的な事とかさ。

これを今読んでる君がいくつか知らないけど、俺が若い時に思ってた事なんだが、ある程度の年齢になれば人生経験も豊富になるわけだから悩みとか迷いとか人との関係がどうのこうのとか諸々ひっくるめてぐっと減るんだろうなって思ってたんだ。

でも、歳食っても全く変わんないんだな、これが。
死ぬまでずっとこの調子なんだよ、きっと。

酷い時は、自分で言うのもなんだがドロドロだと思うよ。
こいつ死ねとか思うもん、やっぱ。

それがさ、たった一曲でそのドロドロが流れ落ちていくのがわかるんだから、やっぱ音楽って凄くないか?

映画とか小説とか他にも心を洗い流してくれるものっていくつかあるけど音楽ってほんの一瞬だったりもするわけじゃん?

何十年も関わってるのにやっぱり音楽って凄いって思うしかないよ。

もの凄く単純に言っちゃえば音の羅列に起伏が付いてるだけなのになんでだろう?なんて思ったりした事ないかな?

そんな疑問にもし答えがあるとしたら、そこに愛が含まれているから。

かっこつけてるわけじゃなくて、たぶんこれが正解なんじゃね?




バンドの平均寿命

男女の仲は、3年で大きな変化がやって来るというのは、科学的にも証明されている常識だ。
それとは違う意味合いで、バンドの平均寿命も3年と言われている。

男女の3年というのは、脳内麻薬が出てドキドキ、ワクワクの期間が3年でプツリと切れるからだ。
その間に自己中心的な恋愛感情から、相手を思う気持ち重視の器の大きな愛に変貌させられれば、この3年を超えることが出来る。

じゃあバンドの場合はどうなのか?
それは、メンバーそれぞれが、どういうつもりで、どういう目標を持って活動しているかによってまちまちだと思われる。

その目的意識がバラバラだと3年以内に誰かが抜けるか解散というパターンが多い。
こういうバンドは、観ている側にも伝わるので人気もなかなか出ない。

人気なんてどうでもいい、ただ楽しければそれでいいという場合は、メンバー全員が同じ考えなら3年どうのこうのは、あまり関係ないのかもしれない。

そして、あくまで内容重視で高みを目指しているバンドも同じだと思う。
たとえお客さんが少なくてもバンドの在り方として全然間違っているとは思わない。

3年という数字が結構影響してくるのは、売れたい、人気者になりたい、音楽で飯を食いたいと思っているバンドが当てはまる確率が高い。
殆どのバンドが思っている事ではあるが。
好きな事をやってそれで飯が食えるというのは、誰にとっても幸せな話だからそれを否定している訳じゃない。

否定なんか全然しないが、そのバランスが崩れると意味合いはちょっと違ってくる。

バンドを始める切欠が、売れたい、モテたい、一発当てて金持ちになりたいというのは、珍しい事じゃないし、始める切っ掛けとしては、むしろ普通の事だ。

だが、微妙なニュアンスになるが、バンド活動を続けていて、内容どうのこうのよりも、とにかく売れたいって部分がずっと先行している場合に何年保つ事が出来るかと言ったら3年というのは、実にリアルな数字だと思う。

内容よりも売れたいが先行している場合、作品を作る人というよりも商売人に近いと思う。
商売の場合、最初の3か月が勝負で、3年やって駄目なら何年やっても駄目と言われている。

実にロックじゃない話だ。

自分にしかないセンスを磨いて、腕も磨きまくって納得のいく作品を作り、結果的に評価されて人気が出て振り返ったら音楽で飯食ってたっていうのが本来の姿だと思う。

だが、若いバンドでこういう発想でバンドをやっている人は非常に少なくなった気がする。

2~3年やって人気が出なかったらスパッとやめて別の道に行く。
全然間違っているとは思わない。

思わないが、そういう意識なら、最初から来ない方がいいんじゃないの?って思ったりもする。




大炎上

上西小百合って衆議院議員が、サッカーの親善試合の事をTwitterに書いたら大炎上したって話知ってんだろ?

浦和レッズの負け方を親善試合は遊びなのかなって言ったっていうあれだ。
その遊びって言葉がサッカーファンには許せなかったようだ。

そして、サッカーの応援しているだけのくせになんかやった気になってるのムカつく。他人に自分の人生乗っけてんじゃねえよ、って火に油を注ぐような事まで。

世間では、随分バッシングされているみたいだけど、俺は全然おかしなこと言ってるとは思わなかった。

たとえ衆議院議員だろうと本人からしたら娯楽として観戦していた訳だから、それを遊びだクソだって何言おうが本人がそう思ったんだからそれでいいじゃん。

その後のサッカーの応援してるだけのくせに云々も同じことだと思う。

夢中になってスポーツ観てる時って、やっぱり自分もその中にのめり込んでるし、負けたら自分が負けたみたいに悔しくなるのが普通だと思う。
でも逆に彼女の様にちょっと退いたところで楽しむのも全然ありだよ。

どうでもいい話だが、俺はプロレスファンだ。
っていうか、中継は全部録画して会場にもしょっちゅう行ってたのは、三沢が死ぬまでだから、最近の状況は、あんまり知らないんだけどね。

で、バリバリのファンの頃って今ほどエンタメ性が強くなくて、もっと危ないっていうか、危険なスタイルをファンが求めていたと思うんだ。
そのスタイルは、俺も凄く好きだったな。
そして、自分の応援する選手が凄い勝ち方をすれば大騒ぎだったし、負ければ悔しくて仕方なかった。

でも、会場にはそういう熱狂タイプではない、まるで解説者の様に冷静に試合を観ている奴も結構いたんだ。(昔のプロレスファンは、インテリが多かった気がする)

どっちもプロレスファンなんだよ。

なにインテリぶってんだよって思ってた人もいるかもしれないし、逆に結果は最初から決まってんだから熱くなんなよ馬鹿って思ってた人もいるだろう。

そんなことどう思おうが勝手に決まってるじゃん。

今回の上西議員がどうのこうのもTwitterなんてものが無ければ何にも起こらなかった筈だ。
Twitterのツイートってつぶやきって意味だろ?

つぶやきって他人に聞こえないようにぼそっと言うものだからつぶやきには他人に対しての思いやりが含まれているって事でもあるよね?
でもおおっぴらにしちゃったら思いやりもへったくれも無くなっちゃうじゃん。

思いやりが蔑ろにされたらただでさえギスギスした世の中がもっと嫌なとこになっちゃうよ。
Twitterは、広告版としては優れたものだと思うけど、争いを生むものでもあるって事が今回の上西議員のおかげでわかりやすく立証されたようなもんなんじゃないの?










パラダイス

俺は、最近体の捻じれを改善する為にカイロプラティックって奴にたまに行く事にしている。

昔から仲のいいバンドマンに新橋に凄い先生がいるから絶対行った方がいいよって勧められたのが切っ掛けだった。

新橋なんてサラリーマンのおっさんが大好きな街だから自分には縁のない所だと思っていた。
そして、そのカイロプラティックは、おっさんが大好きな場所を全部集めたようなおっさんパラダイスビルの4階にあった。

そこで居心地の良さを感じてしまったら俺もおっさんだって認めてしまう事になる。
これは、自分がおっさんか否かを測る踏み絵のようなものだ。

しかし、一歩建物の中に入るとおっさん達と同化してしまう自分がいる。
まずおっさんと言えば立ち食いそばだろう。
富士そばより店舗数は少ないが、味は完璧に上の小諸そばが入っているとこが素晴らしい。

そして、俺がまだ小学校に入っていたかどうかくらいの時に親に連れられて行ったデパートでいつもねだっていたその場で作るジュース専門店が何件もあるんだ。
俺は、ここを素通りする事が出来ず、ついついメロンジュースを頼んでしまう。

チケット屋も沢山あって当日のプロ野球のチケットも安く買えたりしちゃうんだ。
おっさんにとって観るスポーツって言ったら当然サッカーじゃなくてプロ野球だからな。

他にもスッポンのエキスを売ってる店とかテレホンカード専門店なんてのもあるし、革靴しか売ってない靴屋、昔ながらのナポリタンってでっかく張り紙してる食堂とかが当然のように軒を連ねている。

2階、3階は、もっと凄い。
白髪染め専門の美容院、バイアグラとか売ってる病院、アダルトショップ、VHSの専門店、俺も毎回利用する50年位何も変えていないようなタバコのヤニだらけの喫茶店、いつも誰もいないマッコリ専門居酒屋、胡散臭い占い館、全面ガラス張りの碁会所、そして最も幅をきかしているのが数えきれない位の数のアジアンマッサージ店だ。

とにかく呼び込みが凄い。
マサージイカガデスカ〜、スコクキモチイイネ〜、オニサンマサージ!

テレビのバラエティ番組で何年も前に取材された店は、その写真を古すぎて変色しているにもかかわらず堂々と店頭に飾っている。

アジアンマッサージには、大きく分けると4種類ある。
ちゃんとマッサージの勉強をしたマッサージ師が施術してくれる真っ当な店。
マッサージ師としては、全くのど素人なんだが、太ももや恥骨周辺を微妙にさわさわしてくるのにイチモツには触れてこない生殺し系。
生殺しと思いきやいきなりしごいてきてオキャクサン、エンチョーシマスカ、ゴセンエン、モットキモチイイヨと焦らしてイカせる風俗系。
そして、マッサージでもなんでもないいきなり本番系だ。

俺の予想では、どの店にも行ってないからあくまで勘だが、このビルに入っているのは真っ当系と生殺し系なんじゃないかと思う。
理由は、外から施術台が見える店が数軒だがあったからだ。
そういう店は、当然真っ当系だろう。
真っ当系がある中で風俗系をやったらどうなるか、お客さんは、圧倒的に風俗系に集まる事になる。
そうすると真っ当系から非難を受けて同じフロアで商売がしづらくなる。
なので、あっても生殺し系止まりというのが俺の推理だ。

こういうどうでもいい事を推理なんていって楽しんじゃうのもおっさんの証だったりして。









踏み台で構わないのに

この何年かのテロの殆どを首謀してきたイスラム国が壊滅状態と言われている。

なんて硬く始めると、あ〜面倒くさそう、俺関係ないし〜とか言ってる奴らの顔が浮かぶ。

自分の事しか考えていない君は、一生自立なんか出来ないからそう思っとけ。
二十歳過ぎなんて当たり前、三十路過ぎてもガキだらけなのが、我が国日本だ。

ゆとり世代がそれなりの歳になってそのガキ度は、確実に加速した。
本当はその世代に罪があるわけじゃない。
ちょっと悪い言い方をすれば、適当に試された世代なんだと思う。
こうやってゆとりを持たせたら人間的に魅力的な存在が沢山育つかもしれない。
でも失敗したら馬鹿ばっかりになっちゃう。
ま、いいか、前例が無いから取り敢えずやっちゃおうって結果が現状だ。

確かに素晴らしい感性を持った若い連中は沢山増えたと思う。
だが、楽な道しか考えられずにただ生きているだけみたいな子も大勢育ってしまった。
危険なのは、そういう価値観しか持っていないと思いやりという言葉は知識としてあっても実践する事が出来ないという点だ。
思いやりの無い人間は、確実にくずだ。

彼等自身に責任が全く無いとは思わないが、ある意味彼等は、被害者でもあると思う。
なぜなら、そうやって出来上がってしまった生き方は、一見楽そうだが、実は本能に反するからだ。

本能に逆らう生き方しかしらない子達が、世の中に対して思う事は、おそらく絶望と反逆だ。
だから自殺者はどんどん増えるし、親を殺したり弱者を平気で殺したりする連中が大量発生しているんだと思う。
このブログを書き始めた当初からこの事に関しては、かなり警鐘を鳴らしてきた積りだが、一向に止まらないよね。

そんな時代に現れるのがカリスマだ。
カリスマには、2種類あって善のカリスマならいいが、悪のカリスマに影響されるとろくな事にはならない。
よく意味もわかっていないのにヘイトスピーチに参加したり、テロ組織に入ろうとしたりという事にもなりかねない。

冒頭で言ったイスラム国だが、イラクとシリアでは、壊滅状態だが、その過激思想に影響された新たなイスラム国の本拠地が、フィリピンのミンダナオ島という所で生まれようとしている。

フィリピンという国は、7000以上の島が集まって一つの国になっていて、大雑把に言うと3つの地域に分ける事が出来るんだ。

マニラ中心の北部、セブ中心の中央部、ミンダナオ中心の南部だ。
北部と中央部は、殆どキリスト教徒だが、ミンダナオは、イスラム教徒の方が多いんだ。
おそらく報道規制によって現在のミンダナオの状況は、殆ど日本では報道されていない。
でも実際は、フィリピン最大の島ミンダナオの3分の1は、イスラム国に乗っ取られているんだ。

日本からミンダナオに行こうと思ったらマニラかセブまで4〜5時間位で、そこから国内線に乗り換えて1〜2時間で行ける距離だ。
こんな近い所にテロの本拠地が出来たら参加しようとする日本人の若い子は結構いそうな気がする。

今ミンダナオは、戒厳令下にあって一般の日本人は、多分入れないと思うが、アバウトな部分も多い国だから本気で行こうと思ったら多分行けちゃうかもだ。
でも行くんだったら死ぬ覚悟がないと後悔する事間違いなしだ。
知らないのは、日本人だけで今あそこは、戦争状態だからね。

ゆとりならそれでいいよ。
でも、意味もわからず死ぬのは最悪だよな。

ゆとりのいい部分を伸ばしていかなきゃ生きてる意味ないよ。

俺らの世代は、君らの踏み台で構わないと思ってるんだ。
そういうのっていつの時代もそうだと思う。
だけど君らの半分以上は、殻の中から出て来ない。
歯痒いぞ。

フィリピンの状況をもっと細かく説明しようと思ったのにまたゆとりの話になってしまった。





そこそこだったかも

ここのところ何回か映画の話をしたが、俺にとって映画は掛け替えのない存在で、映画から得たものは、確実に学校で得たものを上回る。

初めて観た映画は親や親戚の子達と行ったディズニーのアニメだったが、まだ幼稚園か小学校低学年だったと思う俺は、実にしらけた気分だった記憶がある。
もうその頃から嘘くさい現実の表の部分より陰に隠れた裏側に真実があると感ずいていたのかもしれない。
相当ひねくれたガキだったことは、間違いない。

映画に本格的に嵌りだしたのはサウンドオブミュージックというミュージカル映画が切っ掛けだったと思う。
内容に感動したとかそういう事じゃなくて、ただそのスケールのでかさに映画という物の凄さを感じたんだと思う。

それからは親の財布からいくらかちょろまかしたり、金持ちのバカ息子に適当な事を言って奢らせたりしてとにかく貪るように観まくったものだ。

そして出会ったのが、イージーライダーやいちご白書等の当時アメリカンニューシネマと言われていた作品だ。
何がニューなのかというと、綺麗事より本音、本質重視のアンチな姿勢を全面に押し出すというタブーに挑戦する姿勢がニューなのだ。

ハリウッド映画の真逆をいくその反体制的だが真実を突きつけるような作品達に俺は、魅了されていった。
世の中は、綺麗事で成り立ってるんじゃない、でも真実を語れば孤立し少数派になってしまう。
でも、オブラートに包まれた生き方なんて糞食らえだ。

その数年前に初めて触れたロックといううるさくて品のないいかれた音楽の虜になっていた俺は、このニューシネマでまたしてもやられてしまった。
この二つの合体で、まだ小学生だった俺は完全に開眼してしまったらしい。

そんなものに接する機会が無かったら俺の人生は、全く違うものになっていた事だろう。
そこそこの生活をしてそこそこの地位もあって小金も持ってて世間からもそこそこに幸せそうに見られてて。
そしてきっと死ぬ直前に思うんだ、俺の人生そこそこだったけどなんか物足りなかったような気がするって。
もっと思いっきり生きてる実感が欲しかったって。

ざまぁ見やがれってか。





昼顔

俺一人だったら間違いなく観る機会の無い筈の映画「昼顔」を鑑賞。

勿論、奥さんの希望を叶える事が目的だったわけだが、これがなかなかエグい出来だった。
これから観る予定の人もいるかもしれないので詳しい内容には触れないが、女性受けするのは、非常によく分かる作品だった。

女ってのはどうして例外も無く他人の不幸が大好物なんだろう?
その他人が自分と同性なら尚更だ。

この映画がヒットしたのは、そんな女性たちの内に秘めた残虐性を満足させるに充分な内容だったからなんだと思う。

男はロマンに人生を賭ける事が出来るが、女はそうはいかない。
彼女達にとって大切な事は、未来より目の前の現実だ。

それを否定するつもりは毛頭無い。
ただ、根本的に違う生き物だからそれをどちらかに統一しようとすると、ぶつかり合うか別れる事になりがちだ。

その統一という選択を激しく迫られた時に女性の場合、余計なものは、視界から一切消えるようだ。
そしてヒステリー状態になる事が少なくない。
これは、俺の経験上、多分間違っていないと思う。

ヒステリーは、女性特有のもので男には、基本的に無い。
たまに聞く男のヒステリーというのは、多分女性ホルモンの潤沢な少数の男性特有のものなんじゃないかと思う。
なので例外は有るにしても男にとってヒステリーは、解ったようで本当のところは、理解出来ない現象なのだ。

だから大抵の男は、その未知とも言えるヒステリーが苦手だ。
酷い時は、恐怖さえ感じると言ってもいいだろう。

この映画の最大の見せ場は、実はそんな部分にあるのかもしれない。
一見、究極の運命的ラブロマンスのように見せかけたホラー映画と言ってもいい。

理性ある大人の男は、女性に暴力はふるわない。
だが、女はなんでもありだ。
冷静に考えれば男女の仲というのは、実に不確かで危険なものかもしれない。
だから惹かれ合うんだと思うけど。





加川良

2ヶ月程前にうちのスタッフからそう言えば加川さん亡くなりましたねと言われた。

加川さんとは、加川良さんの事だ、と言ってもこれを読んでる君達の中でどれだけの人が彼を知っているのだろう?

加川良とは、数十年前に起こった爆発的なフォークブームの中で常に中心にいた偉大なフォークシンガーの事だ。

フォークと言えば、ポップな方向性でこのジャンルを日本の音楽シーンの頂上まで引き上げた吉田拓郎や井上陽水、かぐや姫なら誰もが知っていたものだが、その裏で決して驕らずマイペースでこつこつと心に届く歌を歌い続けていった影の大物的存在が何人かいたんだ。
所謂フォーク界の重鎮的存在だ。
その中の一人が加川良なんだ。

俺が彼の曲を初めて聞いたのは中学生の時だった。
衝撃的だった。
自分の中のもやもやした物がどんどんクリアに見えて来るような何とも言えない物凄いものを聴いてしまったと感じたんだと思う。

加川良を聴いていなければ、俺は、今間違いなくライブハウスとは無縁の世界に居た筈だ。

16歳で家出をし、二十歳になって実家に帰るまでの4年間、俺の名前は加川だった。
彼の存在は、俺にとってそこまで大きかったんだ。

5年前の4月だった、店を開店して22年後に彼は、俺の店で歌ってくれた。
本番前にとうとう彼と二人で話しをする機会を得た俺は、あの頃の少年に戻っていた。
彼は、とても喜んで話しを聞いてくれて、そうか〜そうやって立派な不良が出来上がったんだねって大笑いしてくれた。
最高の褒め言葉をいただいてしまった。

俺は、彼の訃報を聞いた時に何故か悲しい気持ちにはならなかった。
受け入れたくなかったからなのか受け止める態勢が出来ていなかったからなのか、とにかく時間をおきたかったんだと思う。

そしてさっきやっとパソコンに加川良と打ち込んでみた。
youtubeで彼の歌う姿を3時間観続けた。
俺は、また少年に戻ってしまったようだ。

あなたのお陰で立派な不良になれました!
ありがとうございました!

プライドの戦い

今日は、プライドに関してちょっと話そうかな。

プライドには、安い高いがあると思うんだ。
うちのスタッフにも偶に話すんだけど、安いプライドなら持ってても成長の邪魔になるから、そんなものは思い切って切り捨てた方がいいよってね。
安いプライドを持ってるとちょっとしたどうでもいいくだらない事で頭に来たり拘ったりしなくちゃならないだろう?

そんな所で正義をかざして熱弁ふるってる奴ってよくいるけど、本当に時間を無駄にしてるだけだと思うんだ。
誰かに話を聞いて欲しい、同調して欲しい、俺の言ってる事は正しいんだって認めて欲しいんだろうけど、俺は小っちゃい人間ですって言ってるのと大して変わらないと思う。
一見正しい事を主張しているように錯覚しがちだが、よくよく考えたらこいつ蟻んこみたいに器が小さいなって気が付く事が多々ある。

それに対してでかいプライドを持ってる奴っていうのは、こいつ馬鹿じゃねぇのって誤解される事が多いと思う。
なんでかって言えば、他人に馬鹿に思われようがカバに思われようが一向に構わないからだ。
解り易く言えば無防備なんだよ。
何が飛んできても僕は、でかいプライドを持ってるから受け取りますって感じかな。

そして、そういう奴は、大抵の事に対して平気で頭を下げられるもんだ。
頭を下げるのってなんか気が弱くてかっこ悪いって思いがちだが、そうじゃない意味合いの頭の下げ方っていうのもあるっていう事は、知っておいた方がいい。
自分が頭を下げて少しでも状況が良くなるんだったらいくらでも下げますよ、別に減るもんじゃないしってね。

そいつの持ってるプライドが安物か本物かを見分ける方法は意外と簡単だから覚えておいた方がいいぞ。

まず、目を見る事だ。
目は口ほどに物をいうって言うだろう?
上から目線を感じたら大抵そいつは大した奴じゃない。

そして、話す時にちょっとカマをかけてみるともっと判りやすい。
自分が知ってる事なんかを何も知りませんって顔で下手に出てたずねてみるんだ。
それで益々上から来たら、ああ、小さいと思って肝心な時以外は、そのまま下手に出ておけばいいんだ。
そこでムキになるようなら自分も同クラスだと認めるしかない。

それとは逆に例えば自分よりずっと年下の相手に対しても誠意をもって対応してくる奴がいる。
こういう奴に対しては、さらに大きな誠意で対抗するべきだ。
これが、本当のプライドの戦いってもんだと思う。


友人の死

先日、20年ぶりに会った昔仲の良かったバンドマンから去年メンバーが亡くなった事を知らされた。
俺は、あっけにとられた。
ん?何?って感じだったと思う。
実感が、全く無いんだからしょうがない。
本当は、それが事実でも認めたくなかったのかもしれない。

あの当時、お互い高円寺に住んでいて家にもよく来て朝までうだうだ飲みながらくだらない話をしていた仲間の一人だった。
元気だったらまだ40代の筈なのに。

こうやって書いている今になって胸にポツンと穴が空いてそれがじわじわ広がって来た気がする。

俺は、人は死んだらそれで全て終わりとは思っていない。

一般に魂と言われる存在が元々居た場所に帰って新たにどういう形でかはわからないが、生き続けるものと思っている。

だからその友人が亡くなってもその先があるんだから悲しまなくてもいい筈なのに益々胸が苦しくなってくる。
わかってる積りでも人間なんてそんなものなんだろう。

人は、輪廻転生を繰り返すのが当たり前と俺は、思っている。
今の自分も何回目の人生なのかは知らないが、その最中な筈だ。

だから亡くなった友人には、次も面白おかしく生きろよって本当は送り出すべきなんだろう。
でもなかなかそうは出来ないのが、今生での人の魂の限界なのかもしれない。

次の人生でもまた会えるといいな。

ハゲでもいいじゃん

うちの店をいつもチェックしてくれている人達にはわかっている事と思うが、最近外人バンドの出演率が以前よりかなり高くなっている。
先行きのスケジュールを見るとこの傾向は、益々盛んになっていく予定だ。

今日は、別にそういうバンドの話をしようってわけじゃないんだ。
海外のバンドが増えてくるとそれに伴って外人のお客さん率も当然高くなる。
うちは元々外人の常連さんが多い方だと思うが、そこに拍車をかけている状態だ。

で、気が付いたのは、外人さん(欧米中心)ってハゲの人が多いような気がするっていうか、完全に日本人よりハゲ率が高いと思うんだ。
そして、そのハゲ具合が実にさまになっている人が殆どな気がするんだ。
それは、勿論例外の人もいるだろうけど多分ハゲがかっこ悪いなんて思わないのが普通だからなんじゃないかな?

日本人は、ハゲをみっともないって思ってる変な風潮があるだろ?
国会中継とか見てみ。
政治家の半分以上は、ヅラか不自然な増毛だぞ。
凄くづれてたり明らかにじじいの頭にふさふさの髪ってそっちの方がよっぽど恥ずかしいと思うんだけどなぁ。

有名な話だが、朝のワイドショーの司会やってるOが番組のエンディングかなんかで出演者が並んでお辞儀した時のヅラが取れちゃって騒ぎになった事があったけど、彼はその後もヅラとってないよな。
あれでスキンヘッドにして出てきたら男らしくてかっこいいって視聴率上がったかもしれないのにね。

プロレスラーの武藤敬司がすだれハゲからいきなりスキンヘッドにした時があるんだけど、あの時は、みんなカッコイイって騒いでたぞ。
顔の作りがハゲに向いているかどうかって言う奴もいると思うが、俺は、そうじゃないような気がするんだ。

しっかりハゲに向き合うかどうかなんじゃないかな?
俺のハゲかっこいいだろ?って自然にそう思えばその瞬間にかっこよくなるんだよ、多分。

テロブーム

以前ブログを書いていた頃には、殆ど耳にしなかったのに今では毎日当たり前のように聞く言葉がテロという奴だ。
テロリズムの略でテロなわけだが、最近はドラマの中とかでも頻繁にテロが出てきてまるでテロがブームみたいになっちゃってるのが凄く危険な感じがする。

テロって要するに破壊活動なわけで政治的正義を振りかざしていても大量殺人とかやっちゃうわけだからどう正当性を主張したとしても悪には違いない。
なのにテロの代名詞とも言えるISに参加したがる若者が世界中に沢山いるっていうのはどういう事なんだろう。

元は地域紛争だった筈なのに既存の世の中の諸々の制度が気に食わないって理由がきっかけになっていつの間にか洗脳されて参加しちゃう奴もいるっぽいよね。
日本人でもISに参加しようとして捕まった奴いたよね。

ISで発行している機関紙でダビクってのがある。
毎日戦争しててよくそんなもの作ってる暇があるなとは思うが、こういうのが誰でも読めちゃうってのも問題ありだと思うよ。

ダビクってのはシリアの地名で、キリスト教徒とイスラム教徒が最後に戦ってこの世が無くなるっていうイスラムの予言の地らしいぞ。
それを雑誌のタイトルにするって事は、最終的にはそこに行きつこうって意味が含まれてるんだろうね。
戦争を終わらす為の最終戦争、ハルマゲドンの地だ。

殆どの宗教書に出てくるハルマゲドンの後にやって来る新しい世界に向かいましょうって事なのかな?

トランプがクリントンに勝っちゃった時に何となく感じた嫌なものがどんどん体を成していってるみたいで、もしかしてこの流れって誰にも止められないのかも…。




オドオド

ゆとり世代と言われて世間から阿呆扱いされている若者達を見ていると冗談抜きにこりゃ駄目だと思う時がある。
いいとこだってあるんだから、そういう部分を認めてあげなきゃいけないって一応は思ってるんだけどね。
だけど、とことんがっかりさせられるんだよね。
百歩譲っても、別の角度から見直しても答えはいつも同じなんだ。
おっさん世代からすると根性がない、責任感がない、気力がない、その上体力もないとないないづくしだ。
中でも気力がないっていうのが、一番ヤバいかもしれない。
一言で言えば人生の大事な時間をただ浪費しているだけに見えちゃうんだよ。
凄く酷い言い方をすれば、死んでるのと同じだ。
だけど、自分がその位の歳の時ってどうだったんだろうと考えるとそんな偉そうな事言えるような立場じゃ到底なかったと思う。
多分、俺も全然自信なんてかけらもなくていつもおどおどしていたような気がする。
だけど強がらなくちゃ潰される。
内心は、常にビビッていたんだけど、それを見透かされないようになんとかごまかしてたんだよ、きっと。
多分、大きく違うのは、おどおどをそのままやってたら世の中で生きていける状況じゃなかったって事かな。
今は、それでも生きていけるだろ?
それってかっこ悪くてダサいとは思うけど、或る意味いい時代なのかもしれないね。
あくまで或る意味でだけどね。
fuck you!

海外移住?

いつの間にか6月になってしまった。
店始めて27年と4か月だ。
なんて事はどうだっていいんだ。
過去を振り返ったって昔に逆行して諸々修正出来るわけじゃないし、だいいち修正なんかする気もないからどうでもいい。
未来に向かって今何をするべきか、ただそれだけだ。

俺は、子供の時から頭に描いていた未来像というのをいまだに追っている。
こっ恥ずかしく言えば将来の目標って奴だ。
これが結構沢山あって幾つかは何とかクリアしている。

その中に海外移住というのがあるんだ。
理由は簡単だ。
肌に合わないんだ、日本が。
物心ついた頃からずっとだよ。
なんか俺って異物なんじゃないかって思ってたんだよね。

それで二十歳の時に初めて海外行ってあれって感じたんだ。
数十年前のまだ何もない発展途上の頃のサイパンだったんだけど、なんかツボだったんだよね。
30代の時にバンドと何回もツアーをしたアメリカもやっぱりそうだった。
言葉も違うし文化も違うのに馴染めるっつうか自然の自分でいられるんだ。
これって凄くポイント高いわけだよ、俺としては。

日本以外だったらどこでもいいってわけじゃ勿論ないけど…。

で、その後海外に行くたびに俺のいるべき場所を探していたんだ。
それがとうとう見つかったかもなんだ。
此処ならずっと住んでいたいって所が。
日本と比べたら凄く貧しいけど海が物凄く綺麗で平均年齢が20代っていう元気のある国だよ。

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