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三軒茶屋HEAVEN'S DOOR
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大炎上

上西小百合って衆議院議員が、サッカーの親善試合の事をTwitterに書いたら大炎上したって話知ってんだろ?

浦和レッズの負け方を親善試合は遊びなのかなって言ったっていうあれだ。
その遊びって言葉がサッカーファンには許せなかったようだ。

そして、サッカーの応援しているだけのくせになんかやった気になってるのムカつく。他人に自分の人生乗っけてんじゃねえよ、って火に油を注ぐような事まで。

世間では、随分バッシングされているみたいだけど、俺は全然おかしなこと言ってるとは思わなかった。

たとえ衆議院議員だろうと本人からしたら娯楽として観戦していた訳だから、それを遊びだクソだって何言おうが本人がそう思ったんだからそれでいいじゃん。

その後のサッカーの応援してるだけのくせに云々も同じことだと思う。

夢中になってスポーツ観てる時って、やっぱり自分もその中にのめり込んでるし、負けたら自分が負けたみたいに悔しくなるのが普通だと思う。
でも逆に彼女の様にちょっと退いたところで楽しむのも全然ありだよ。

どうでもいい話だが、俺はプロレスファンだ。
っていうか、中継は全部録画して会場にもしょっちゅう行ってたのは、三沢が死ぬまでだから、最近の状況は、あんまり知らないんだけどね。

で、バリバリのファンの頃って今ほどエンタメ性が強くなくて、もっと危ないっていうか、危険なスタイルをファンが求めていたと思うんだ。
そのスタイルは、俺も凄く好きだったな。
そして、自分の応援する選手が凄い勝ち方をすれば大騒ぎだったし、負ければ悔しくて仕方なかった。

でも、会場にはそういう熱狂タイプではない、まるで解説者の様に冷静に試合を観ている奴も結構いたんだ。(昔のプロレスファンは、インテリが多かった気がする)

どっちもプロレスファンなんだよ。

なにインテリぶってんだよって思ってた人もいるかもしれないし、逆に結果は最初から決まってんだから熱くなんなよ馬鹿って思ってた人もいるだろう。

そんなことどう思おうが勝手に決まってるじゃん。

今回の上西議員がどうのこうのもTwitterなんてものが無ければ何にも起こらなかった筈だ。
Twitterのツイートってつぶやきって意味だろ?

つぶやきって他人に聞こえないようにぼそっと言うものだからつぶやきには他人に対しての思いやりが含まれているって事でもあるよね?
でもおおっぴらにしちゃったら思いやりもへったくれも無くなっちゃうじゃん。

思いやりが蔑ろにされたらただでさえギスギスした世の中がもっと嫌なとこになっちゃうよ。
Twitterは、広告版としては優れたものだと思うけど、争いを生むものでもあるって事が今回の上西議員のおかげでわかりやすく立証されたようなもんなんじゃないの?










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パラダイス

俺は、最近体の捻じれを改善する為にカイロプラティックって奴にたまに行く事にしている。

昔から仲のいいバンドマンに新橋に凄い先生がいるから絶対行った方がいいよって勧められたのが切っ掛けだった。

新橋なんてサラリーマンのおっさんが大好きな街だから自分には縁のない所だと思っていた。
そして、そのカイロプラティックは、おっさんが大好きな場所を全部集めたようなおっさんパラダイスビルの4階にあった。

そこで居心地の良さを感じてしまったら俺もおっさんだって認めてしまう事になる。
これは、自分がおっさんか否かを測る踏み絵のようなものだ。

しかし、一歩建物の中に入るとおっさん達と同化してしまう自分がいる。
まずおっさんと言えば立ち食いそばだろう。
富士そばより店舗数は少ないが、味は完璧に上の小諸そばが入っているとこが素晴らしい。

そして、俺がまだ小学校に入っていたかどうかくらいの時に親に連れられて行ったデパートでいつもねだっていたその場で作るジュース専門店が何件もあるんだ。
俺は、ここを素通りする事が出来ず、ついついメロンジュースを頼んでしまう。

チケット屋も沢山あって当日のプロ野球のチケットも安く買えたりしちゃうんだ。
おっさんにとって観るスポーツって言ったら当然サッカーじゃなくてプロ野球だからな。

他にもスッポンのエキスを売ってる店とかテレホンカード専門店なんてのもあるし、革靴しか売ってない靴屋、昔ながらのナポリタンってでっかく張り紙してる食堂とかが当然のように軒を連ねている。

2階、3階は、もっと凄い。
白髪染め専門の美容院、バイアグラとか売ってる病院、アダルトショップ、VHSの専門店、俺も毎回利用する50年位何も変えていないようなタバコのヤニだらけの喫茶店、いつも誰もいないマッコリ専門居酒屋、胡散臭い占い館、全面ガラス張りの碁会所、そして最も幅をきかしているのが数えきれない位の数のアジアンマッサージ店だ。

とにかく呼び込みが凄い。
マサージイカガデスカ〜、スコクキモチイイネ〜、オニサンマサージ!

テレビのバラエティ番組で何年も前に取材された店は、その写真を古すぎて変色しているにもかかわらず堂々と店頭に飾っている。

アジアンマッサージには、大きく分けると4種類ある。
ちゃんとマッサージの勉強をしたマッサージ師が施術してくれる真っ当な店。
マッサージ師としては、全くのど素人なんだが、太ももや恥骨周辺を微妙にさわさわしてくるのにイチモツには触れてこない生殺し系。
生殺しと思いきやいきなりしごいてきてオキャクサン、エンチョーシマスカ、ゴセンエン、モットキモチイイヨと焦らしてイカせる風俗系。
そして、マッサージでもなんでもないいきなり本番系だ。

俺の予想では、どの店にも行ってないからあくまで勘だが、このビルに入っているのは真っ当系と生殺し系なんじゃないかと思う。
理由は、外から施術台が見える店が数軒だがあったからだ。
そういう店は、当然真っ当系だろう。
真っ当系がある中で風俗系をやったらどうなるか、お客さんは、圧倒的に風俗系に集まる事になる。
そうすると真っ当系から非難を受けて同じフロアで商売がしづらくなる。
なので、あっても生殺し系止まりというのが俺の推理だ。

こういうどうでもいい事を推理なんていって楽しんじゃうのもおっさんの証だったりして。









踏み台で構わないのに

この何年かのテロの殆どを首謀してきたイスラム国が壊滅状態と言われている。

なんて硬く始めると、あ〜面倒くさそう、俺関係ないし〜とか言ってる奴らの顔が浮かぶ。

自分の事しか考えていない君は、一生自立なんか出来ないからそう思っとけ。
二十歳過ぎなんて当たり前、三十路過ぎてもガキだらけなのが、我が国日本だ。

ゆとり世代がそれなりの歳になってそのガキ度は、確実に加速した。
本当はその世代に罪があるわけじゃない。
ちょっと悪い言い方をすれば、適当に試された世代なんだと思う。
こうやってゆとりを持たせたら人間的に魅力的な存在が沢山育つかもしれない。
でも失敗したら馬鹿ばっかりになっちゃう。
ま、いいか、前例が無いから取り敢えずやっちゃおうって結果が現状だ。

確かに素晴らしい感性を持った若い連中は沢山増えたと思う。
だが、楽な道しか考えられずにただ生きているだけみたいな子も大勢育ってしまった。
危険なのは、そういう価値観しか持っていないと思いやりという言葉は知識としてあっても実践する事が出来ないという点だ。
思いやりの無い人間は、確実にくずだ。

彼等自身に責任が全く無いとは思わないが、ある意味彼等は、被害者でもあると思う。
なぜなら、そうやって出来上がってしまった生き方は、一見楽そうだが、実は本能に反するからだ。

本能に逆らう生き方しかしらない子達が、世の中に対して思う事は、おそらく絶望と反逆だ。
だから自殺者はどんどん増えるし、親を殺したり弱者を平気で殺したりする連中が大量発生しているんだと思う。
このブログを書き始めた当初からこの事に関しては、かなり警鐘を鳴らしてきた積りだが、一向に止まらないよね。

そんな時代に現れるのがカリスマだ。
カリスマには、2種類あって善のカリスマならいいが、悪のカリスマに影響されるとろくな事にはならない。
よく意味もわかっていないのにヘイトスピーチに参加したり、テロ組織に入ろうとしたりという事にもなりかねない。

冒頭で言ったイスラム国だが、イラクとシリアでは、壊滅状態だが、その過激思想に影響された新たなイスラム国の本拠地が、フィリピンのミンダナオ島という所で生まれようとしている。

フィリピンという国は、7000以上の島が集まって一つの国になっていて、大雑把に言うと3つの地域に分ける事が出来るんだ。

マニラ中心の北部、セブ中心の中央部、ミンダナオ中心の南部だ。
北部と中央部は、殆どキリスト教徒だが、ミンダナオは、イスラム教徒の方が多いんだ。
おそらく報道規制によって現在のミンダナオの状況は、殆ど日本では報道されていない。
でも実際は、フィリピン最大の島ミンダナオの3分の1は、イスラム国に乗っ取られているんだ。

日本からミンダナオに行こうと思ったらマニラかセブまで4〜5時間位で、そこから国内線に乗り換えて1〜2時間で行ける距離だ。
こんな近い所にテロの本拠地が出来たら参加しようとする日本人の若い子は結構いそうな気がする。

今ミンダナオは、戒厳令下にあって一般の日本人は、多分入れないと思うが、アバウトな部分も多い国だから本気で行こうと思ったら多分行けちゃうかもだ。
でも行くんだったら死ぬ覚悟がないと後悔する事間違いなしだ。
知らないのは、日本人だけで今あそこは、戦争状態だからね。

ゆとりならそれでいいよ。
でも、意味もわからず死ぬのは最悪だよな。

ゆとりのいい部分を伸ばしていかなきゃ生きてる意味ないよ。

俺らの世代は、君らの踏み台で構わないと思ってるんだ。
そういうのっていつの時代もそうだと思う。
だけど君らの半分以上は、殻の中から出て来ない。
歯痒いぞ。

フィリピンの状況をもっと細かく説明しようと思ったのにまたゆとりの話になってしまった。





そこそこだったかも

ここのところ何回か映画の話をしたが、俺にとって映画は掛け替えのない存在で、映画から得たものは、確実に学校で得たものを上回る。

初めて観た映画は親や親戚の子達と行ったディズニーのアニメだったが、まだ幼稚園か小学校低学年だったと思う俺は、実にしらけた気分だった記憶がある。
もうその頃から嘘くさい現実の表の部分より陰に隠れた裏側に真実があると感ずいていたのかもしれない。
相当ひねくれたガキだったことは、間違いない。

映画に本格的に嵌りだしたのはサウンドオブミュージックというミュージカル映画が切っ掛けだったと思う。
内容に感動したとかそういう事じゃなくて、ただそのスケールのでかさに映画という物の凄さを感じたんだと思う。

それからは親の財布からいくらかちょろまかしたり、金持ちのバカ息子に適当な事を言って奢らせたりしてとにかく貪るように観まくったものだ。

そして出会ったのが、イージーライダーやいちご白書等の当時アメリカンニューシネマと言われていた作品だ。
何がニューなのかというと、綺麗事より本音、本質重視のアンチな姿勢を全面に押し出すというタブーに挑戦する姿勢がニューなのだ。

ハリウッド映画の真逆をいくその反体制的だが真実を突きつけるような作品達に俺は、魅了されていった。
世の中は、綺麗事で成り立ってるんじゃない、でも真実を語れば孤立し少数派になってしまう。
でも、オブラートに包まれた生き方なんて糞食らえだ。

その数年前に初めて触れたロックといううるさくて品のないいかれた音楽の虜になっていた俺は、このニューシネマでまたしてもやられてしまった。
この二つの合体で、まだ小学生だった俺は完全に開眼してしまったらしい。

そんなものに接する機会が無かったら俺の人生は、全く違うものになっていた事だろう。
そこそこの生活をしてそこそこの地位もあって小金も持ってて世間からもそこそこに幸せそうに見られてて。
そしてきっと死ぬ直前に思うんだ、俺の人生そこそこだったけどなんか物足りなかったような気がするって。
もっと思いっきり生きてる実感が欲しかったって。

ざまぁ見やがれってか。





昼顔

俺一人だったら間違いなく観る機会の無い筈の映画「昼顔」を鑑賞。

勿論、奥さんの希望を叶える事が目的だったわけだが、これがなかなかエグい出来だった。
これから観る予定の人もいるかもしれないので詳しい内容には触れないが、女性受けするのは、非常によく分かる作品だった。

女ってのはどうして例外も無く他人の不幸が大好物なんだろう?
その他人が自分と同性なら尚更だ。

この映画がヒットしたのは、そんな女性たちの内に秘めた残虐性を満足させるに充分な内容だったからなんだと思う。

男はロマンに人生を賭ける事が出来るが、女はそうはいかない。
彼女達にとって大切な事は、未来より目の前の現実だ。

それを否定するつもりは毛頭無い。
ただ、根本的に違う生き物だからそれをどちらかに統一しようとすると、ぶつかり合うか別れる事になりがちだ。

その統一という選択を激しく迫られた時に女性の場合、余計なものは、視界から一切消えるようだ。
そしてヒステリー状態になる事が少なくない。
これは、俺の経験上、多分間違っていないと思う。

ヒステリーは、女性特有のもので男には、基本的に無い。
たまに聞く男のヒステリーというのは、多分女性ホルモンの潤沢な少数の男性特有のものなんじゃないかと思う。
なので例外は有るにしても男にとってヒステリーは、解ったようで本当のところは、理解出来ない現象なのだ。

だから大抵の男は、その未知とも言えるヒステリーが苦手だ。
酷い時は、恐怖さえ感じると言ってもいいだろう。

この映画の最大の見せ場は、実はそんな部分にあるのかもしれない。
一見、究極の運命的ラブロマンスのように見せかけたホラー映画と言ってもいい。

理性ある大人の男は、女性に暴力はふるわない。
だが、女はなんでもありだ。
冷静に考えれば男女の仲というのは、実に不確かで危険なものかもしれない。
だから惹かれ合うんだと思うけど。





加川良

2ヶ月程前にうちのスタッフからそう言えば加川さん亡くなりましたねと言われた。

加川さんとは、加川良さんの事だ、と言ってもこれを読んでる君達の中でどれだけの人が彼を知っているのだろう?

加川良とは、数十年前に起こった爆発的なフォークブームの中で常に中心にいた偉大なフォークシンガーの事だ。

フォークと言えば、ポップな方向性でこのジャンルを日本の音楽シーンの頂上まで引き上げた吉田拓郎や井上陽水、かぐや姫なら誰もが知っていたものだが、その裏で決して驕らずマイペースでこつこつと心に届く歌を歌い続けていった影の大物的存在が何人かいたんだ。
所謂フォーク界の重鎮的存在だ。
その中の一人が加川良なんだ。

俺が彼の曲を初めて聞いたのは中学生の時だった。
衝撃的だった。
自分の中のもやもやした物がどんどんクリアに見えて来るような何とも言えない物凄いものを聴いてしまったと感じたんだと思う。

加川良を聴いていなければ、俺は、今間違いなくライブハウスとは無縁の世界に居た筈だ。

16歳で家出をし、二十歳になって実家に帰るまでの4年間、俺の名前は加川だった。
彼の存在は、俺にとってそこまで大きかったんだ。

5年前の4月だった、店を開店して22年後に彼は、俺の店で歌ってくれた。
本番前にとうとう彼と二人で話しをする機会を得た俺は、あの頃の少年に戻っていた。
彼は、とても喜んで話しを聞いてくれて、そうか〜そうやって立派な不良が出来上がったんだねって大笑いしてくれた。
最高の褒め言葉をいただいてしまった。

俺は、彼の訃報を聞いた時に何故か悲しい気持ちにはならなかった。
受け入れたくなかったからなのか受け止める態勢が出来ていなかったからなのか、とにかく時間をおきたかったんだと思う。

そしてさっきやっとパソコンに加川良と打ち込んでみた。
youtubeで彼の歌う姿を3時間観続けた。
俺は、また少年に戻ってしまったようだ。

あなたのお陰で立派な不良になれました!
ありがとうございました!

プライドの戦い

今日は、プライドに関してちょっと話そうかな。

プライドには、安い高いがあると思うんだ。
うちのスタッフにも偶に話すんだけど、安いプライドなら持ってても成長の邪魔になるから、そんなものは思い切って切り捨てた方がいいよってね。
安いプライドを持ってるとちょっとしたどうでもいいくだらない事で頭に来たり拘ったりしなくちゃならないだろう?

そんな所で正義をかざして熱弁ふるってる奴ってよくいるけど、本当に時間を無駄にしてるだけだと思うんだ。
誰かに話を聞いて欲しい、同調して欲しい、俺の言ってる事は正しいんだって認めて欲しいんだろうけど、俺は小っちゃい人間ですって言ってるのと大して変わらないと思う。
一見正しい事を主張しているように錯覚しがちだが、よくよく考えたらこいつ蟻んこみたいに器が小さいなって気が付く事が多々ある。

それに対してでかいプライドを持ってる奴っていうのは、こいつ馬鹿じゃねぇのって誤解される事が多いと思う。
なんでかって言えば、他人に馬鹿に思われようがカバに思われようが一向に構わないからだ。
解り易く言えば無防備なんだよ。
何が飛んできても僕は、でかいプライドを持ってるから受け取りますって感じかな。

そして、そういう奴は、大抵の事に対して平気で頭を下げられるもんだ。
頭を下げるのってなんか気が弱くてかっこ悪いって思いがちだが、そうじゃない意味合いの頭の下げ方っていうのもあるっていう事は、知っておいた方がいい。
自分が頭を下げて少しでも状況が良くなるんだったらいくらでも下げますよ、別に減るもんじゃないしってね。

そいつの持ってるプライドが安物か本物かを見分ける方法は意外と簡単だから覚えておいた方がいいぞ。

まず、目を見る事だ。
目は口ほどに物をいうって言うだろう?
上から目線を感じたら大抵そいつは大した奴じゃない。

そして、話す時にちょっとカマをかけてみるともっと判りやすい。
自分が知ってる事なんかを何も知りませんって顔で下手に出てたずねてみるんだ。
それで益々上から来たら、ああ、小さいと思って肝心な時以外は、そのまま下手に出ておけばいいんだ。
そこでムキになるようなら自分も同クラスだと認めるしかない。

それとは逆に例えば自分よりずっと年下の相手に対しても誠意をもって対応してくる奴がいる。
こういう奴に対しては、さらに大きな誠意で対抗するべきだ。
これが、本当のプライドの戦いってもんだと思う。


友人の死

先日、20年ぶりに会った昔仲の良かったバンドマンから去年メンバーが亡くなった事を知らされた。
俺は、あっけにとられた。
ん?何?って感じだったと思う。
実感が、全く無いんだからしょうがない。
本当は、それが事実でも認めたくなかったのかもしれない。

あの当時、お互い高円寺に住んでいて家にもよく来て朝までうだうだ飲みながらくだらない話をしていた仲間の一人だった。
元気だったらまだ40代の筈なのに。

こうやって書いている今になって胸にポツンと穴が空いてそれがじわじわ広がって来た気がする。

俺は、人は死んだらそれで全て終わりとは思っていない。

一般に魂と言われる存在が元々居た場所に帰って新たにどういう形でかはわからないが、生き続けるものと思っている。

だからその友人が亡くなってもその先があるんだから悲しまなくてもいい筈なのに益々胸が苦しくなってくる。
わかってる積りでも人間なんてそんなものなんだろう。

人は、輪廻転生を繰り返すのが当たり前と俺は、思っている。
今の自分も何回目の人生なのかは知らないが、その最中な筈だ。

だから亡くなった友人には、次も面白おかしく生きろよって本当は送り出すべきなんだろう。
でもなかなかそうは出来ないのが、今生での人の魂の限界なのかもしれない。

次の人生でもまた会えるといいな。

ハゲでもいいじゃん

うちの店をいつもチェックしてくれている人達にはわかっている事と思うが、最近外人バンドの出演率が以前よりかなり高くなっている。
先行きのスケジュールを見るとこの傾向は、益々盛んになっていく予定だ。

今日は、別にそういうバンドの話をしようってわけじゃないんだ。
海外のバンドが増えてくるとそれに伴って外人のお客さん率も当然高くなる。
うちは元々外人の常連さんが多い方だと思うが、そこに拍車をかけている状態だ。

で、気が付いたのは、外人さん(欧米中心)ってハゲの人が多いような気がするっていうか、完全に日本人よりハゲ率が高いと思うんだ。
そして、そのハゲ具合が実にさまになっている人が殆どな気がするんだ。
それは、勿論例外の人もいるだろうけど多分ハゲがかっこ悪いなんて思わないのが普通だからなんじゃないかな?

日本人は、ハゲをみっともないって思ってる変な風潮があるだろ?
国会中継とか見てみ。
政治家の半分以上は、ヅラか不自然な増毛だぞ。
凄くづれてたり明らかにじじいの頭にふさふさの髪ってそっちの方がよっぽど恥ずかしいと思うんだけどなぁ。

有名な話だが、朝のワイドショーの司会やってるOが番組のエンディングかなんかで出演者が並んでお辞儀した時のヅラが取れちゃって騒ぎになった事があったけど、彼はその後もヅラとってないよな。
あれでスキンヘッドにして出てきたら男らしくてかっこいいって視聴率上がったかもしれないのにね。

プロレスラーの武藤敬司がすだれハゲからいきなりスキンヘッドにした時があるんだけど、あの時は、みんなカッコイイって騒いでたぞ。
顔の作りがハゲに向いているかどうかって言う奴もいると思うが、俺は、そうじゃないような気がするんだ。

しっかりハゲに向き合うかどうかなんじゃないかな?
俺のハゲかっこいいだろ?って自然にそう思えばその瞬間にかっこよくなるんだよ、多分。

テロブーム

以前ブログを書いていた頃には、殆ど耳にしなかったのに今では毎日当たり前のように聞く言葉がテロという奴だ。
テロリズムの略でテロなわけだが、最近はドラマの中とかでも頻繁にテロが出てきてまるでテロがブームみたいになっちゃってるのが凄く危険な感じがする。

テロって要するに破壊活動なわけで政治的正義を振りかざしていても大量殺人とかやっちゃうわけだからどう正当性を主張したとしても悪には違いない。
なのにテロの代名詞とも言えるISに参加したがる若者が世界中に沢山いるっていうのはどういう事なんだろう。

元は地域紛争だった筈なのに既存の世の中の諸々の制度が気に食わないって理由がきっかけになっていつの間にか洗脳されて参加しちゃう奴もいるっぽいよね。
日本人でもISに参加しようとして捕まった奴いたよね。

ISで発行している機関紙でダビクってのがある。
毎日戦争しててよくそんなもの作ってる暇があるなとは思うが、こういうのが誰でも読めちゃうってのも問題ありだと思うよ。

ダビクってのはシリアの地名で、キリスト教徒とイスラム教徒が最後に戦ってこの世が無くなるっていうイスラムの予言の地らしいぞ。
それを雑誌のタイトルにするって事は、最終的にはそこに行きつこうって意味が含まれてるんだろうね。
戦争を終わらす為の最終戦争、ハルマゲドンの地だ。

殆どの宗教書に出てくるハルマゲドンの後にやって来る新しい世界に向かいましょうって事なのかな?

トランプがクリントンに勝っちゃった時に何となく感じた嫌なものがどんどん体を成していってるみたいで、もしかしてこの流れって誰にも止められないのかも…。




オドオド

ゆとり世代と言われて世間から阿呆扱いされている若者達を見ていると冗談抜きにこりゃ駄目だと思う時がある。
いいとこだってあるんだから、そういう部分を認めてあげなきゃいけないって一応は思ってるんだけどね。
だけど、とことんがっかりさせられるんだよね。
百歩譲っても、別の角度から見直しても答えはいつも同じなんだ。
おっさん世代からすると根性がない、責任感がない、気力がない、その上体力もないとないないづくしだ。
中でも気力がないっていうのが、一番ヤバいかもしれない。
一言で言えば人生の大事な時間をただ浪費しているだけに見えちゃうんだよ。
凄く酷い言い方をすれば、死んでるのと同じだ。
だけど、自分がその位の歳の時ってどうだったんだろうと考えるとそんな偉そうな事言えるような立場じゃ到底なかったと思う。
多分、俺も全然自信なんてかけらもなくていつもおどおどしていたような気がする。
だけど強がらなくちゃ潰される。
内心は、常にビビッていたんだけど、それを見透かされないようになんとかごまかしてたんだよ、きっと。
多分、大きく違うのは、おどおどをそのままやってたら世の中で生きていける状況じゃなかったって事かな。
今は、それでも生きていけるだろ?
それってかっこ悪くてダサいとは思うけど、或る意味いい時代なのかもしれないね。
あくまで或る意味でだけどね。
fuck you!

海外移住?

いつの間にか6月になってしまった。
店始めて27年と4か月だ。
なんて事はどうだっていいんだ。
過去を振り返ったって昔に逆行して諸々修正出来るわけじゃないし、だいいち修正なんかする気もないからどうでもいい。
未来に向かって今何をするべきか、ただそれだけだ。

俺は、子供の時から頭に描いていた未来像というのをいまだに追っている。
こっ恥ずかしく言えば将来の目標って奴だ。
これが結構沢山あって幾つかは何とかクリアしている。

その中に海外移住というのがあるんだ。
理由は簡単だ。
肌に合わないんだ、日本が。
物心ついた頃からずっとだよ。
なんか俺って異物なんじゃないかって思ってたんだよね。

それで二十歳の時に初めて海外行ってあれって感じたんだ。
数十年前のまだ何もない発展途上の頃のサイパンだったんだけど、なんかツボだったんだよね。
30代の時にバンドと何回もツアーをしたアメリカもやっぱりそうだった。
言葉も違うし文化も違うのに馴染めるっつうか自然の自分でいられるんだ。
これって凄くポイント高いわけだよ、俺としては。

日本以外だったらどこでもいいってわけじゃ勿論ないけど…。

で、その後海外に行くたびに俺のいるべき場所を探していたんだ。
それがとうとう見つかったかもなんだ。
此処ならずっと住んでいたいって所が。
日本と比べたら凄く貧しいけど海が物凄く綺麗で平均年齢が20代っていう元気のある国だよ。

時間軸

昨日観たメッセージって映画についての補足的な話なんだが、これから観る人もいると思うのでネタバレしない程度に言っとくと、一言で言えば時間を超越した所から或る物がやって来て…あとはタイトルを見れば大体わかるだろ?

肝心なのは、この時間を超越ってとこなんだ。
日本人の常識が世界の常識じゃないんなら地球の常識が宇宙の常識だって発想ってかなりの驕りがあるって思っても不思議じゃないだろ?
要するに地球の1分が宇宙の1分と同じとは限らないし、時間軸の捻じれみたいのがあっても全然不思議じゃないし、だとしたら今日の次が明日とは限らないし、もしかしたら今日の次は、5年前って事もあり得るのかもしれないだろ?

そういう事があり得るのなら、もしかすると今目の前にある世界が何重にも折り重なっていて、無意識の内に別の次元に行ってたって事が無いとも限らないような気がするんだ。

俺は前々から思っていたんだが、夢っていうのは、単なる意識下にあるものが混ぜこぜになって脳内スクリーンに映し出されるって現象だけじゃないような気がするんだ。
誰もが見るように何でこの人が昔の歳のままなんだとか、何で絶対ありえないこの場所に俺がいるんだとか矛盾だらけだよね?
だけど時間や空間の超越とか時間軸のずれた世界では当たり前って事もあったとしたら全部普通にあり得る事になっちゃうよね?

そんな事を色々考えていくと過去に亡くなった人と夢の中で出会ったとしても時間軸のずれた所でたまたま会ったってだけで或る意味現実だったりするかもしれないだろ?

20年以上前にうちの店でエース格だった或るガールズバンドのヴォーカルが、不慮の事故で亡くなった事は、俺にとってもとても重い出来事だった。
日本だけじゃなく海外でもメジャーデビューして文字通りこれから世界のトップに立つ可能性も充分あったって時期だったからね。

そんな彼女とこの間再会したんだ、夢の中で。
外見もちょっと癖のある喋り方も昔のままだ。
そして俺達は、何故かこれからライブハウスを作る計画をたてていたんだ。

夢って普通は、時間が経つにつれて短時間ですぐに忘れちゃうだろ?
でもこの夢はそうじゃなかった。
それであまりにも鮮明に記憶に残ってたんで今も付き合いのあるそのバンドのマネージャーに話したらその夢見た日って彼女の命日だったんだ。
偶然にしちゃあまりに出来過ぎてるよな。

彼女は、時間軸をコントロール出来る空間に今も生存していて故意にこの日に俺の前に現れたとしか思えない。
これは夢じゃないんだって事を強く印象付ける為にこの日を選んだんだよきっと。
彼女なりのメッセージかな?


エンドロール

うちは奥さんが美容師なので火曜日は夫婦で出かける事が多い。
という訳で、今日はメッセージという映画を観てきたぞ。
予告編を観たときに40年位前に衝撃を受けた未知との遭遇みたいな映画を予想していたんだが、なかなか近いものがあって良かったよ。
映画館に向かう車中で奥さんに未知との遭遇みたいな奴だよ多分と言ったら何それという言葉が返ってきたのにはちょっとショックだったが…。
これを読んでる君もそうなのか?
スピルバーグが世界的に有名になったのは、この映画からだったと言ってもますます何それなのかもね。
映画を観る人観ない人って結構はっきり分かれるよね。
俺は断然観る派で大げさじゃなく万単位で観てる筈だ。
最高に多い時は、月に80本位観てた時もあるからこれは間違いない。
中学の時なんか学校行くふりして映画館、それも当時多かった3本立てとかしょっちゅう行ってたんだ。
どうでもいい授業受けるよりよっぽどいろんなこと教えてくれたよ映画は。
ところで今日もそうだったんだけどエンドロールの途中で帰る奴ってどういう根性してんのかって呆れてるのは俺だけなのかなぁ?
ああいう行為って製作者を馬鹿にしてると俺は思うよ。
そこで帰るなら最初から観に来んなって感じだ。
それを見越してかエンドロールの後に一瞬どんでん返しの映像をぶち込んで驚かせる映画を何本か観た事があるが、途中で帰った奴は、本当の結末を知らずに帰るという知ったかぶり野郎にさせられるわけだ。
それで思い出したが、最近のテレビのバラエティ番組で救いようのない程つまらないのって凄く多いだろ?
ああゆうのって始まりもだけどエンディングの挨拶もろくにやらないの多いじゃん。
それがかっこいいって思ってんならあまりにも頭悪いと思うよ。
相当幼稚な奴が作ってるって思われてもしかたないな。
人間って一つ一つケジメをつけていかないとなかなか前に進めない生き物なんだよ。
だらだら優柔不断に同じとこでグズグズしてんのは、確かに楽だけどそんなのは死んでるのと同じだ。
昨日話した楽とは正反対のクソのような楽だ。
日本人ってなんでこんなにバランス悪く生きてる奴が多いんだろう?



刑事の勘?

4年も経ってなんでブログを復活させたかというと、一言で言えば刑事の勘だっ!と香川照之みたいに目を見開いて言いたいとこだが、残念ながら俺は刑事じゃなかった。
う~む、つまらん出だしで始めてしまった。
まぁ何となく?気まぐれ?暇つぶし?余裕?切羽詰まって?死ぬ前に何か一言?いや、全部違うなぁ~。
自然に身を任せて復活させてみたってのが当たってるかも。
そういう時って凄く楽な状態だからストレス感じるようになったらぷつっと止めるからその程度の気持ちで読んでくれればいいよ。って随分偉そうだがお互い楽にいこうよ。
だいたいさ、人生なんて楽に生きるか苦しんで生きるかの差なんて殆ど無いって知ってっか?
物事の捉え方、考え方、姿勢の違いだけだかんね。
だったら楽に生きた方がいいに決まってるじゃん。
そんなの人それぞれの事情があるんだからいい加減な事言うな!って思った君は、200%阿呆です。
世の中舐めんな!って言われても俺はガキの時から世の中はどれだけ舐め切って生きるかだなって思って生きてきたから知ったこっちゃない。
辛い状況を周りの環境とか家族のせいとか絶対そうやって自分以外の何かのせいにする奴が沢山いるが、それは単なる勘違いでお前が重たそうにしょってる苦しみとか哀しみは、全部お前のせいなんだよ。
誤解のないように言っておくが、世の中を舐めて生きるってのは、いい加減に生きるって意味じゃないからね。
瞬間瞬間を100%で生きるなんていうのは、当たり前。
そういう事じゃなくて自分に正直に、自然に正直に生きていれば世の中は楽に生きられるように出来ているって事だよ。
苦しい事や辛い事ばっかりやって来るって人は、その人本人が引き寄せてるだけだと思うよ。
そういう物に嵌まっちゃうと何にも見えなくなっちゃうけど一歩引いて第三者的感覚で見てみるとよく見える筈だ。
俺は、決して順風満帆に生きてきたわけじゃない。
苦しい、悲しい、寂しいなんてのはてんこ盛りで経験していると思う。
だけど、そういうの全部ひっくるめてもやっぱり人生舐めまくって生きてますって言いきれるよ。
外国行くとどこの国でも必ずって言っていいほどどうにかなるさって言葉が当たり前のように浸透している。
日本人も昔はそうだった筈なのにいつの間にかそういう考えが不謹慎みたいにとらわれているじゃん?
俺もそんないい加減で滅茶苦茶な生き方しててどうすんだって100万回位言われてきたけど自分的には、全然滅茶苦茶じゃない。
自然と共に楽に生きる為に余計な発想は捨てちまえでいいんだよ。




4年ぶり

ブログを書くのが日課みたいになっちゃってなんだか不自由さを感じてしまい、ちょっと休もうかなと思ったら4年も休んでしまったじゃないか!
みんな~!元気でやってるか~って取り敢えず言っとこう。
そういやああの頃ってTwitterもまだそんなに浸透してなくてフェースブックなんて確か無かったんじゃなかったかな?
ブログやmixiが一番一般的だったかも。
4年位じゃたいして世の中変わらないって思ってたけど、振り返って見てみると結構な変動してるよね?
音楽業界もいつの間にか完全に斜陽産業になっちゃったし。
原因は、やっぱり少子高齢化ってのがでかい気がするな。
一番音楽に金使ってた層が、ごっそりいなくなっちゃったんだから仕方ないか。
これからは、若者と言われる人達より少し上の中年世代が1番のターゲットになるっていうか、もうなってる気がするなぁ。
この状況って案外理想的な環境のような気もしないでもないと思ってるのは俺だけか?
今の中年世代って音楽しっかり聴いてきた人ってかなり多いと思うんだ。
自分達が若者だった時ほど時間や金は使えないけど良い物を聴き分けるセンスは、1番持ってる層だと思うよ、多分。
だからバカ売れはしなくても良い物を正当に評価されるって意味では、近年稀にない絶好の時期なんじゃないかな?
おっさん、おばちゃん侮るなかれだ。
こういう事言うと老害黙ってろとかぬかす知ったかぶりのガキが絶対いるもんだが、そいつらに言っといてやる。
お前らとは腰の据わり方が違うんだよ。
けつの青いうちにせいぜい吠えとけ!
おっ、なんか4年前までの感じを思い出してきたぞ!
俺を調子に乗らすと止まらなくなるぞ!



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