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DIARY

三軒茶屋HEAVEN'S DOOR
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奇遇な出会い

昨日は、愛車の改造の為に某自動車工場へ行っていたんだが、少し早めに着いてしまったので近所のビデオ屋で時間を潰す事にした。
表向きは、健全そうな店構えだが予想通り莫大な量の95%はエロDVDだ。
久々にソフトオンデマンドのお馬鹿な企画物でもチェックしてみるかと店員に訊こうかと思ったら俺の立っている目の前全てがSODのコーナーだったのは奇遇としか言い様が無い。
こういう時は必ず何かある。
と俺のエロ探知機が反応している。
うおっ!ヤバいのがあったぜ!
何と、元女子プロレスラー風間ルミの作品があるじゃないか!
風間ルミと言えば、昔俺が毎月のように通った女子プロレス団体JWPのエース兼社長だ。
それ程強いレスラーとは思えなかったけど可愛い顔とおっぱいのでかさで人気はかなりのものだったと思う。
裏ジャケがショックだった。
あの人気レスラー風間がフェラしたりハメられたりしてるぜ!
どうしようかな・・・・買おうかな・・・・。
今の若い人達からすれば単なる熟女物でしかないと思うが、当時を知る身としては、かなりの購買意欲をそそる超問題作と言っても過言ではない。
こういう下らない事で悩むのは楽しいものだ。
よし!買おう!
ここで買わなかったら一生後悔するかもしれないし。
と、手にとってレジに向かおうとする俺の脳裏に不安が過ぎった。
そういえばSODの作品って当たり外れの差が大きかった筈だ。
アイデアは、面白いんだが期待の割にがっかりしたものが多かったのがこのSODだった事を想い出してしまった。
全裸運動会っていうのは、最悪だった。
観ているこっちが恥ずかしくなる程の駄目さ加減で勃起度はゼロに等しい。
それに懲りずに全裸バレーボールも買ってしまった俺は何なんだという事にもなるが。
流石に学習能力がゼロではない俺は、家に帰ってアマゾンで情報収集する事にしたんだ。
アマゾンには、購入者のコメントみたいなものがあるだろう?
すると予想通りだ。
擬似フェラに擬似ファックっぽいと書いてある。
残念な気持ちとほっとしたのが半々な所だが、買わずに正解ではあったと思う。
そしてアマゾンには、この作品を購入した人はこれも買ってますというようなコーナーがある。
何気なくそこを見ていると、ゲッ!小向美奈子のストリップ劇場の映像を収めた物があるじゃないか!
しかし、またもやSOD作品だ。
当然の如く小向コーナーへ飛んでコメントチェックだ。
グハッ!やる気の無いインタビューみたいなものが殆どでこんなもの買わない方がいいって書いてあるよ。
そして一夜明けるとニュースで小向またも覚醒剤で逮捕状だって。
昨日の必ず何かあるは、結局ここに繋がっていたというわけか・・・。
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タイガーマスク現象

全国のタイガーマスク現象は、そろそろ落ち着いたのかな?
自分の名前も名乗らずに施設の子供達にプレゼントを贈るなんてなかなか粋なもんだよね。
そこで名乗っちゃったりしたら、な~んだ、良い人って言われたいだけかって思っちゃうもんな。
弱い立場の人に対して見返りを求めずに何かが出来るというのは、理屈でどうのこうのよりも、やっぱり素晴らしい事だと思う。
でも、そういう行為ってやろうと思えば、切欠は何処にでも存在するものだと思うんだ。
先ず、手っ取り早く思いつくのは、電車やバスなんかで席を譲るという姿勢だ。
どうだ?
君等はそういう事をした経験はあるかい?
俺は、自慢じゃないが沢山あるぞ?
でも、想い出してみると若い時は殆ど無かったような気がするな。
自分の事ばっかり考えていたからね。
それが、いつの間にかに変わったのは、おそらく両親の老いを感じるようになってからだと思うんだ。
あれだけ常に威勢のよかった父親が病気がちになり体もどんどん小さくなって、母親の背中が見る度に丸くなっていくのを目の当たりにして何も感じないわけがない。
いつまでも居て当たり前と思っていた地球上にたった二人しかいない両親が明らかに衰えている。
もしかして、自分の親は、このまま時間の流れに吸い込まれていってしまうんじゃないかという見えない恐怖。
そして、それを見せまいとする親の思いやり。
この流れをどうにか止めたいと思っていても何も出来ない自分の不甲斐無さ。
こんな思いを感じるようになってからからだよ、年寄りに対して常に何かしてあげたいと思うようになったのは。
そして、そんな気持ちが自然と弱者を助けなきゃいけないという気持ちへと変化していったような気がするんだ。
だからといって大層な事なんか勿論出来ないよ。
自分の事や店の事だって勿論考えるしスタッフだって何人もいるわけだしさ。
そんな中でも出来る事を少し行動に移そうと思っている程度だよ。
みんなは、俺よりずっと若いから、それ程こういう気持ちで在るべきだなんて思わなくても構わないと思う。
だけど、困っている弱者と偶々出合ってしまったら無視は良くないよ。
人間って誰しも必ず他人に助けられているから生きていけるものだろう?
俺は、誰の世話にもなっていないなんて思ってる奴は、思い上がった単なる青二才でしかないんだ。
周りの環境、他人との係わり、それがあるから今の自分の立場、立居地っていうものがある筈だ。
誰かの世話になっているんだからそれを誰かに返すというのは自然な流れだと思わないか?
そうでなければ世の中のバランスが崩れちゃうだろ?
だったら、それを先ずは弱者に返そうというのは、尚更自然な発想だと思うよ。

幸せの選択

俺は、今迄に3回の結婚生活を含め度重なる同棲や外国人、絵描きとの共同生活等を経験し、今年から久々に一人での生活に戻る事になった。
歳も歳だからなのかもしれないが、それって寂しくないですかと心配そうに尋ねて来る人がいる。
世間一般的には、やはりあまり良い状況には見えないのかもしれない。
だけど、実際は実に気持ちがいい。
この状況を出来る限り続けていたいというのが本心かもしれない。
以前付き合っていた人と縒りを戻してはいるが一緒に住もうとは思っていない。
これが、若い時であればそうは思わない筈だ。
好き同士なら一緒に住みたいと思うのが当たり前で、いつも一緒にいたいなんて切望していたと思う。
それは、気持ちが冷めているんじゃないのと思うかもしれないが、そういうわけでもない。
丁度良い関係でいるには、何となくこういうのが一番バランスがいいんじゃないかと薄々感じているのかもしれない。
遅れ馳せながら、やっと自分のポジションに辿り着けたような気もする。
この状態をどれだけ長く続けられるのかは分からない。
分からないが、そう長くはないような気もする。
なにしろ16で親元を離れて40年近く経つが、一人暮らしをした最長記録が1年半位だからね。
結婚して子供を作ってまともな生活をしなよと心配してくれる友人はいるが、どうもそいいう生き方は性に合っていないようだ。
子供は、いた方がいいなとは思うがどうしても欲しいというわけでもない。
自分が、毎日精一杯生きれる環境があればそれで十分だと思っているだけだ。
昔の仕事の先輩で、やはり今の俺のような生き方をしていた人がいる。
いい歳して、随分いい加減な生き方だなと当時俺が未だ20代の時は思っていた。
そして、自分がその先輩と同じ歳になって初めてわかったんだ。
四方八方自由なのと一人より楽しい事も多いけど煩わしい事も受け入れなきゃいけない生活のどちらを幸せと思うか。
その選択の違いだけだという事を。
愛する人と一緒なら煩わしさなんて何も無い筈だなんて思うのは青臭いガキの夢物語でしかない。
愛情と生活を共にする事は、同一線上にあるようで実は全く別物なんだ。
若い時は、そこら辺の判断が曖昧な内に流されてしまう。
おそらく君等もそうだと思う。
だけど、俺の言ってる事を無理矢理理解しようとする必要はない。
数十年すれば実感として自然にそう思う時が来るからね。

やらされてる自由

何気なくテレビをつけたら防水の携帯電話のコマーシャルをやっていた。
タレントが風呂に入りながら携帯を使って、ねっ、いいでしょってアピールしているわけだ。
これを観てそれは便利だと思う人がいるからこういうコマーシャルをやっているんだと思う。
だけど、違和感を感じる人っていないのかな?
そこまでして携帯をいじっていたいのかってさ。
だって風呂の中だぜ?
少しでも便利な物を作ってみんなが楽になり自由な時間をもっと堪能しようっていう進化の大前提が、これじゃあ捻じ曲がってるって俺は思うんだけどなぁ。
何処がと言えば風呂に入りながらのながらの部分だよ。
何かをしながら同時に何かをするっていうのは、基本的には不自由だと思うんだ。
それも、最もリラックス出来る風呂の中でだよ。
そこまで自分の行動を凝縮させて何か良い事があるんですか?
それで本当に楽になれましたか?
そうまでしなきゃならない程あなたは忙しいんですか?
って訊きたいよ。 
昔、日本人が世界中から何て言われていたのか知ってるか?
エコノミックアニマルって呼ばれていたんだ。
これは、経済的利潤しか頭に無い堅物っていう蔑称だよ。
その当時、俺は未だ子供だったが、子供ながらにも恥ずかしかったよ。
そんな大人には、絶対になりたくないって思ったもんだ。
人生ってそういうもんじゃない筈だって反発心で一杯だったよ。
世の中は、金じゃない、幸せってそういうものじゃないってね。
そして行き着いた所は、自由な心を持つ事こそ幸せなんじゃないかって思ったんだ。
風呂に入りながら携帯をいじくる行為は、一見自由なようにも捉えられるかもしれない。
だけど、それってやらされてるんじゃないか?
今時こういう事を出来ないんじゃ遅れてますよ、時代に乗り遅れますよ、みたいにさ。
そこで見失っちゃうんじゃないか?本質を。
これって本当に自由だと思うか?
風呂の中で携帯を使うっていうのが自分の願望で自分の意志なら何も文句は無いけどね。
やらされるな。
踊らされるな。
そんな受け身だらけの生き方じゃスポンジみたいな人間になっちゃうぞ。
それなりに形はあるけどギュッと握れば何も出て来ないんだよ、スポンジって。
本質を見極められないっていうのは、自由を放棄する事と同じだっていうのは、しっかりインプットしておくべきだと思うよ。
単なるコマーシャルの話が随分飛躍したなとも思うが、その単なるが最も危険で影響されやすいという事も知っておくべきだよ。

爆乳の悲劇

今年に入ってから、どうも真面目な話が多すぎたと反省している。
みんなも硬い内容ばっかりじゃ読んでても疲れちゃうだろ?
ってことで今日は同じ硬いでも硬いおっぱいの話でもするか。
みんなは、おっぱいって軟らかいものだと思っているだろ?
だけど必ずしもそうとは言えないというのは、女性なら勿論だが経験豊富な人なら分かる筈だ。
どうやら普段は軟らかくても生理前には少し硬くなるというのが常識らしいぞ。
そんな事を憶えていても何の得にもならんが、そうじゃなくて常に硬いおっぱいっていうのもあるんだ。
これは俺の研究の成果とも言えるが、巨乳、爆乳に限っておっぱいの硬い比率が断然高い!
男性諸君にとっては悲しい結果かもしれないが、巨乳、爆乳の7割以上は硬ぱいという結果が出ている。
あくまで俺の想像だが、これには引力が影響しているんじゃないかと思うんだ。
巨乳、爆乳だとどうしても下に下がる力が小ぶりなおっぱいより強いだろ?
そうすると歩く時でも前屈みになっちゃうよね?
でも、人間って真っ直ぐに立って歩こうとするように出来ているもんだ。
そうすると、その姿勢を維持しようとすれば自然と下に下がろうとするおっぱいも引き上げようとすると思うんだ。
その為には、どうしても胸の筋肉が必要になるだろ?
結果として胸の筋肉が鍛えられておっぱいも硬くなってしまうというのが俺の長年の研究による結論だ。
どうだ?
何となくそうかもって思うだろ?
思うだろって言われても困るよな?
困るかもしれないが、肝心なのはここからなんだ。
好みは人それぞれではあるけれど、世の中の男連中っていうのは、大抵はでかくて軟らかいおっぱいを好むものだ。
だけど、でかくて軟らかいおっぱいっていうのは、そう長いこと維持出来るものじゃない。
歳をとればさっきの引力の関係でどんどん下に下がって来るものだ。
このブログを読んでくれている人の中には、女性も結構多いのでこの先はちょっと言えないが。
そうなると、俺達はどんなおっぱいを選べばいいのか?
これをみんなに教えてあげたい所なんだが、以前もこういう話をしたら、あなたは女性を物としか思っていないんですかって大バッシングを受けたので今日は大人しく黙っている事にしよう。
だけど一応女性読者に言っておくが、男っていうのは、所詮こんなものなんだ。
普段は偉そうな事言ってたりしても腹の中じゃあおっぱいの事で一杯なんだよ。
それは、あなただけでしょって?
残念ながらそれは間違ってるよ。
こういう部分があって初めてバランスがとれるんだよ。
魅力的な女性とデートしたい、おっぱいに触れたい、セックスしたい。
その為に男は頑張って仕事をするんだよ。
馬鹿だと思うかもしれないが、男っていうのはそれ程単純な生き物だって事だよ。

頑張るということ

頑張るとか努力とか根性っていう言葉を君等は嫌いなんだろう?
俺だって別に好きだってわけじゃないよ。
だけど、その言葉の向こうに何があるのかは知っている積りだ。
自分の目標が大きければ大きいほどこの頑張るとか根性っていうものは、どうしても避けられないものだと思うんだ。
人が何かを求めて達成しようとする時には、必ず障害となるものが現れる。
そんなものは、無い方がいいに決まっているが世の中というのはそういうものなんだ。
その障害を乗り越える為には、どうしても努力や根性が必要になってくるんだよ。
それじゃあ、君等が好きな言葉って何だ?
自由かな?
もし、そうだとしたら自由ってどうやって手に入れるか知ってるか?
まさか何もしないで手に入るなんて思ってないだろうな?
自由は、与えられるものじゃないんだ。
与えられた瞬間に不自由になるという事は、憶えておいた方がいいぞ。
本当の自由は、自分の力で掴み取るしかないんだよ。
そこには、エネルギーが必ず必要になる。
そのエネルギーっていうのは、実は頑張るという事でもあると思うんだ。
よく、スポーツ選手が試合の前のインタビューで今日は思いっきり楽しみたいと思いますって言うだろう?
あれは、当然だがへらへら笑って試合をしようって意味じゃない。
今迄やるだけの事はやってきたから、今日は思いっきり自分を出し切ろうっていう事だよね。
この場に至るまでに努力してきたから言えるんだよ。
これは、そう口には出さないかもしれないが、君等はローリスクハイリターンという言葉も嫌いじゃないんじゃないか?
俺は、仕事柄接するのは殆どが若者だ。
そんな毎日の中で物凄く感じるのが、こういう姿勢なんだ。
良く言えば効率よくって事だが、斜に構えた捕らえ方をすれば楽して得とれだ。
言っとくが、こういう発想を持っていると目標達成どころか、まともな人生を送れないと思っていた方がいい。
それが罷り通るのなら世界中から苦しみや悲しみが無くなっていなければ嘘になる。
世の中は、そんな君を必ずと言っていい程、尽く打ち砕く筈だ。
大声出して笑える人の涙ほど美しいもの、と歌った偉大なミュージシャンがいる。
これを大声出して笑える人は、心が澄んでいるから涙も美しいという捕らえ方もあるとは思う。
だけど、大声出して笑える人っていうのは、山有り谷有りを乗り越えて思いっきり自分を解放出来る所まで辿り着いたから尊いんだと思うんだ。
そこに至るまでには、頑張ろうという気持ちが積み重なっている筈なんだ。
目先の楽な物に惑わされちゃあいけない。
そんな所にあるのは、偽りの自由でしかない。
努力とか根性なんて言うとどうしても重苦しい感じがするもんだ。
でも、その向こうにあるものだけを見れば単なる手段とも思えるものだ。
努力、根性、大いに結構なんて大声出して笑えるくらいになれば、君の未来は何処までも明るいと思うよ。

全ての根源 2

俺達は、愛で出来ている。
これは、間違いなく信じて良いだろう。
なのに世の中に溢れているのは、そうとは信じがたいような残虐な事件、子供や高齢者への虐待、13年連続の3万人を超える自殺者。
いったい何処に愛があるのかと言えるような惨憺たる現状だ。
戦後の日本が目指したもの、それは経済的な豊かさだ。
その中にこそ幸せは存在すると誰もが信じ込んできた。 
それと同時に便利な生活も求めたんだ。
それも幸せの証だと信じて疑わなかったからだよ。
前者に疑問を抱きつつある人は増えたが後者に関しては、現在も変わっていない。
それが証拠に携帯電話やパソコンの何でそこまで急ぐのかという位の勢いは止まる気配もないだろう?
確かに昔に比べれば何でもかんでも便利になったと思う。
その分、体力も使わなくなり楽になったと言えばその通りだ。
しかし、その楽になった分を何に使うのかというと、スポーツジムに通い体力を消耗させているわけだ。
楽を求めた結果、楽でないものを求める。
矛盾してるだろ?
矛盾しているのにその事に未だ気付いていないというのは、馬鹿馬鹿しいというよりも悲しいものがある。
便利で楽な物を否定する積りは毛頭無い。
それは無いんだが、バランスがおかしいって話だよ。
腹が減ったから飯を食えばそれで事足りる。
事が足りたんだからそれでいいじゃないかって?
確かにそうなんだが、誰かと一緒に冗談の一つも言い合って食えば同じ飯ももっと美味くなる。
こんなちょっとした所にも幸せを感じれる部分は何処にでも転がっているのにそれを蔑ろにする。
そんな相手がいないから?
それは、自分が心を閉ざしているからなんじゃないのか?
人間は、一人でも生きられると思ったら大間違いだ。
俺は、今迄ずっと一人でやってきたなんてかっこ付けてる奴は、単なる勘違いか身の程知らずでしかないと思っておいた方がいい。
誰かの助けがあるから生きられるという事を忘れちゃいけない。
友達がいないのは、誰かが友達になってくれるのを待っているだけだからだよ。
そうじゃなくて自分が誰かの力になってあげようっていう気持ちがあれば、友達なんて幾らでも出来るものなんだよ。
人は、心と心のコミュニケーションによって成長する生き物だ。
これを断ち切ってしまえば成長も止まってしまうんだ。
現代は、完全にというわけじゃないが人と人との関係が希薄過ぎるんだよ。
そんな心の成長が鈍化しがちな中で物だけが急速に進化している。
その結果が今だよ。
物の進化は、同時進行で人の心も進化していなければ無用の長物、又は弊害も引き起こす事になるんだよ。
周りを見てみろよ、完全にバランスが崩れた人達で溢れかえっているじゃないか。
誰もが幸せに向かって生きている筈なのに自分が何をするべきなのかも分からない。
自分が何処に向かっているのかも何を求めているのかも見失ってしまった人達。
原点に立ち返ろう。
だって、俺達は愛で出来ているんだから。
みんなが、そこに気が付けばいつでもバランスは取り戻せる筈だよ。

全ての根源

このブログも結構長く続いてんなぁと思ったら、いつの間にかもう2年半も経ってるじゃないか。
自分でも、よくもそんなに書く事があったもんだと思っちゃうよ。
流石に内容が重複気味だなと思う時もあるけど、俺なりに真正面から書いている積りなので手を抜いているわけじゃあない。
だから、何だ、またあの話かと思っても新たな気持ちで読んでくれると本望だ。
今迄に書いた内容を大きく分けると恋愛、仕事、世の中の事、宇宙、超常現象、その他諸々だが、一環しているものがある事に気が付いていたかな?
それは、愛だ。
全ての根本、根源は愛だという部分は、薄々でもいいから気付いて欲しいんだ。
全ての現象は、元を辿れば愛に行き着く。
これは、絶対に譲れない。
っていうか深い所まで掘り下げて行けば、必ず辿り着く筈なんだ、愛に。
恋愛や家族の話なら分かるけど、よく出て来るラーメンの話の何処に愛が関係あるんだよ?とか言いたいんだろ?
そう思った君は、読みが浅い!
ラーメンっていうのは、スープがあって麺がある。
勿論他にもチャーシューとか海苔とか支那竹ものっていたりする。
だけど、こういう表面的な部分以外にも大切なものは沢山あるだろう?
スープ一つとっても色々な物を何時間も煮込んでベースを作るわけだ。
そして、複雑な調合をした秘伝のタレをスープで延ばすんだよね。
そういう幾つかの作業の集大成として一杯のラーメンが君の前に現れるわけだよね。
でも、それだけじゃあ無いだろ?
そこには、作る側の気持ちがある筈だ。
その気持ちの核になっている物は何だ?
それは、愛だよ。
美味いラーメンを提供してお客さんに喜んでもらいたい。
この気持ちは、愛の一種だろ?
いや、金儲けの事しか考えてない店主だって絶対にいる筈だって思ったんだろ?
だけどさ、その金儲けって自分の家族の為っていうのもあるし、そうでなきゃ自分の為なんだろうが、それも家族への愛、自分への愛って事になると思うんだ。
自分への愛って単なる欲望じゃないかと思うかもしれないが、自分を愛せなきゃ他人も愛せないって事でもあるから一概に否定するのは正しいとは言い切れないよ。
そう考えるとラーメンも愛があるから成り立っているという事になるじゃないか。
全ての現象の根源が愛だという事は、愛が全ての現象のエネルギーになっているという事でもある。
そして、その愛のエネルギーを発しているのはと言うと俺達人間全てという事になる。
エネルギーを発する事が出来るというのは、そのエネルギーを常に持っているからだよね?
更に、それを常に持っているという事は、そのエネルギーで俺達は成り立っているという意味でもある筈だ。
凄い話だろ?
俺達は、愛で出来ているんだぞ。
続きは次回にしよう。

一皮剥ける時 2

昨日は、俺の実体験を含めて一皮剥ける時の話をしたわけだけど気が付いている人も多いとは思うが、そういう体験談はこのブログの中で色々書いてきた積りなんだ。
昨日話した事も似たようなテーマで2回くらい書いたような気がする。
そこで、何だ、その話なら前に聞いたよと言われないように今日は未公開の体験を話す事にしよう。
いや、もしかしたら1度話したような気もするが、まぁ、そこは無視して聞いてくれ。

あんたって本当に与える愛を知らない人だよね。
じゃあ、何を知っているのかと言えば与えるの反対語の奪う愛という事になる。
ここで言うあんたっていうのは、勿論俺の事だ。
何言ってんだよと反発はしてみたものの客観的に思えば当たっているのかもしれない。
そういう積りじゃなかったとしても思い当たる節は、多々あるような気がする。
彼女の為になんて言っていても心の奥では自分の事しか考えていなかったという事だ。
認めたくはないが、否定する自信も無い。
そう、俺はそんな奴だったんだ。
中途半端に誤魔化す事は出来るが、そんな奇麗事は聞きたくもないだろう?
自分の非を認める勇気が無ければ人間は成長出来ないって話をしたのは俺だもんな。
しかし、未熟者の俺は、否定を繰り返した。
彼女の目には涙が滲んでいたのを忘れない。
その時俺は、自分の事を本当に理解してくれていた大切な存在を失ったんだ。
彼女の言葉の意味を理解出来たのは、別れてから数年後だ。
俺は、常に見返りを求めていた。
見返りを求めるという事は、愛していると言っても自分に向けて言っているのと同じだ。
愛しているから愛してくれってね。
与える愛というのは無償でなければ嘘になる。
あの時、俺は自分が大嘘つきだと知ったと同時に失ったものの大きさに愕然とした。
何やってんだ俺は、と思っても時既に遅しだ。
しかし、彼女のあの一言で俺は変わる事が出来たんだ。
完璧になんて口が裂けても言えないが、自分に問い掛けるようにはなったと思う。
世の中って不思議な物で、昨日話した巨漢も今話したAという元彼女も出会うべくして出会っているような気がして仕方が無い。
俺の駄目な所を修正してくれる為に彼等は俺の前に現れたのだろうか?

一皮剥ける時

これは、誰にでも言える事だけど自分自身が大きく変わる時ってあるだろう?
実際は、日々少しづつでもみんな成長していくものだと思うけどそうじゃなくて、あっ、俺は今一皮剥けたかもって実感を感じる時の事だよ。
こういう時って実は或る意味痛みを伴う場合も多いと思うんだ。
痛みといっても肉体的な痛みじゃ勿論ないよ。
そうじゃなくて、恥ずかしい思いをしたり不安の中に飛び込むみたいな気持ちになったり怖いと思っていたものに敢て踏み込んだりとかそういう意味での事だけどね。
あれは小学4年生くらいの時だったと思うんだけど、それまでの俺は大人しすぎて居るのか居ないのか分からないような傍から見たらおそらく存在感の薄い子だったと思うんだ。
俺は、或る日、クラスのボス的存在だった奴に呼び出されたんだ。
呼ばれた理由は分からなかったが、おそらく虐められるんだろうと或る程度予想はついていた。
案の定、彼は意味も無く俺に腕立て伏せを命じたんだ。
それも学校の階段の踊り場でだ。
勿論周りには他の生徒もいる。
はずかしめだよ。
反抗する勇気も無い俺は、言われるままに腕立て伏せを続けるしかなかった。
何回やったかなんて憶えていないが、そんな姿を同じクラスの子達にも見られたのは辛かった。
そして、それに飽きたのだろうか、彼は、新たな命令を俺に下したんだ。
窓から首を出せと言うんだ。
その窓は、所謂何処にでも有る様な横に開くタイプのものじゃなくて上から一気に力を入れて閉めるギロチンみたいな奴だった。
躊躇する俺に彼の罵声が飛んだ。
殺られる。
ギロチンの刑は、嫌だ。
逃げたらもっと酷い目にあわされるのも分かっている。
残された道は、一つしかない。
振り向きざま、俺は、多少腰が引けていた分を差っ引いた残りの力を全て込めた拳を奴の顔面にぶち込んだ。
おそらく奴の選択肢に俺が反撃してくるというのは無かったのだろう。
不意を突かれた巨漢が顔面を覆って崩れ落ちた。
この一発で俺の人生は大きく変わったと今でも思っている。
そんな機会を作ってくれた彼にも感謝している。
なにしろそれまで本気で何かをするという意味も知らなかった俺に切欠を作ってくれたわけだからね。
この一件から俺の中で今迄に感じた事の無い何かがうごめき出したんだ。
自分自身に対する自信というか生きるエネルギーみたいなものかもしれない。
毎日が楽しい、生きてる事が面白いと思ったのもこの時からだ。
常に何かもやもやしたものに覆われていた自分が殻を破った瞬間だ。
皮被りがズル剥けになったようなもんだ。
こういう切欠って偶々と思うかもしれないが、本当は何処にでも転がっているものだと思うんだ。
要は、どう対処するかって事だと思う。
君の心が未だ皮を被っていたとしても大丈夫だ。
切欠は、必ずやって来る。

3年の壁

過去に何回かこのブログでも触れた事だけど恋愛の賞味期限は3年間だって言ったのを憶えているかな?
俺の周りでは、最近彼女と別れたとか離婚したとかいう話が非常に多い。
そうするとやはりこの3年というのが大きな節目になっているのが分かる。
勿論、5年とか10年一緒にいて別れたというケースもあるんだが、訊いてみると大抵はこの3年目で二人の間に大きな変化が起こっているようだ。
一番多いのは、3年目前後から男女の仲ではなく家族的関係になる場合が多いらしい。
どういう意味かと言えば一緒に住んでいて仲が悪いというわけではないんだが、セックスを殆どしなくなるという事だ。
これは、生活をする上ではそれ程支障は無い。
っていうか、役割分担があるという意味では楽かもしれない。
しかし、お互いにこれでいいのかなっていう不安も湧き上がってくるものだ。
特に女性の場合は、出産という女性にとっての最大のイベントというか本能的欲求、人生最高の喜びの瞬間がある。
しかも、期限付きだ。
あと何年の内に子供を作らなければもう産めなくなるかもしれないという脅迫観念にじりじりと追い詰められる。
俺は、男だからあくまで想像ではあるが、自分がそんな立場の女性だったら相当悩むような気がする。
だって、本能的欲求だからね。
飯食ったり眠ったり糞したりっていうのと似たような欲求だもんな、おそらく。
それに子供を作るっていう目的じゃなくてもセックス無しっていうのは、やっぱり女性の方がきついんじゃないかとも思う。
男の場合は、射精出来ればいいという身勝手さも残念ながらDNAに組み込まれているからどうとでもなったりするものだ。
だけど、女性の場合は少し違うような気がするんだ。
そこに愛があるのかどうか、ここへの拘りが男性の数倍強いんじゃないかと思うんだ。
勿論、男女とも愛があるセックスがベストなのは、言うまでも無い。
しかし、永遠の恋愛感情というのは、存在しない。
これには、反対意見も沢山あるとは思う。
しかし、それは錯覚だ。
勘違いしないでほしいが、二人の間の永遠の愛というのが存在しないと言ってるわけじゃないよ。
あくまで恋愛という意味での愛だよ。
一緒に生活する上での家族的愛とか尊敬の念を持った信頼からくる愛と恋愛の愛は違うからね。
人は、誰もが自分自身の幸せを考えるものだ。
でも、本当に愛する人が出来ると自分より相手の幸せを考えるようになる。
恋愛の真の姿は、こうだよね。
だけど、それがふと我に帰る時が必ずやって来る。
それが、3年目っていう事だ。
世間では、こういう次期の事を倦怠期なんて言っていたりして、その乗り切り方を解説した本なんかも出ていたりするが、あんなものは全部嘘だ。
だいたいさ、一旦異性として見れなくなった相手を元の状態に戻すっていうのは無理なんだよ。
そうじゃなくて別の形の愛を新たに築いていこうってんなら充分理解出来るけどさ。
俺も年齢なりに数多くの恋愛をしてきたが、この3年の壁から逃れられた事は、今迄一度も無い。
おそらくこの難題からは、一生逃れられないのかもと或る意味腹を括るしか無いようだ。

商売の極意

最近のサラリーマンの平均的ランチ代は500円だそうだ。
この10年で最低らしいぞ。
そんなに厳しいのかって思ったろ?
それに店側だって、それじゃあやっていけないんじゃないのって思ったろ?
だけど実際は、それほどでもないんじゃないか?
だって、物価自体が下がってるんだからそのマイナス分を織り込めばそんなもんじゃないのかな?
単純に家賃が下がっただけで商品単価は、確実に下げられるからね。
牛丼が250円前後でコンビニの弁当だって最近は300円代だったりする。
スーパーの弁当売り場なんて200円代のまで出てきているよね。
商売する側にとっては、こういう数字の錯覚を利用するのは常套手段だって事は一応頭の中に入れておいた方がいいと思うよ。
赤字で売ってますなんていうのは、略全部嘘だからね。
本当に赤字だったらそれは商売じゃなくて慈善事業になっちゃうだろ?
安すぎるんじゃないかってこっちが心配しちゃうすき家にしたって儲かりすぎてどんどん店舗を増やしているじゃないか。
不景気の時は、薄利多売に限るって昔からの商売の鉄則を守っている結果だよ。
他にも商売における数字のマジックはあるぞ。
最近流行のクーポンにしてもそうだよ。
あんなの宣伝費をクーポンの割引分に当てているだけで店側の実質的損失なんて差し引きゼロか逆にプラスかもしれないよ。
勿論、利用者にとってはお得なわけだがそれを売ってる側もマイナスを出す事無く上手い事やってるわけだ。
俺は、今の店を20年やってるわけだけど、実はその前に別の業界の店を10年くらい経営していたんだ。
そうすると経営ってものに携わって合わせて30年って事になる。
30年っていうと流石に自他共に素人とは思っていない。
俺の倍の年数をやってる先輩達もいるわけだから偉そうな口は利けないが、30年なりの商売に関する感想というものはあるんだ。
若輩ながら商売とは何ぞやみたいのがね。
一言で言えば儲けようとするなって事だ。
それじゃあさっき言った慈善事業じゃないかって?
おい!もうちょっと深読みしてくんなきゃ困るな。
要するに自分の所だけ儲けようなんて姿勢じゃなくて、あくまでお客さんの事を一番に考えてその結果として儲けさせて頂きましょうって意味だよ。
前にやっていたのは今風に言えばカフェみたいなもんなんだけどオープン初日の時は、流石に緊張したもんだ。
自信は、勿論あったけどそれと同じくらい不安もあってね。
俺が作ったものなんか飲んだり食べたりしてお金払ってくれる人なんているのかなって。
そうしたらいたんだよ。
それも沢山。
予想通りという気持ちと嘘じゃねぇのって気持ちが半々だ。
そして、こんな何処の馬の骨か分からないような奴がやってる店にようこそ来て下さいましたって心の底から感謝したよ。
これを今読んでくれてる君等の中にも自分で商売をやってみようと思っている人はいる筈だ。
そんな君に伝えたいのは、常に感謝の気持ちを忘れない事。
これさえあれば何とかなるよ。

万能から堅物へ

あの手この手で離れてしまったお客さんを何とか取り戻そうと躍起になっているCDショップだが、打つ手はもう本当に無いのだろうか?
実際の所、ネット環境が日本よりはるかに進んでいる韓国では既に壊滅状態のようだ。
日本の場合、ネットに関しては、まだまだ伸び代があるわけだが、そうなると逆にCDにとっては今後益々苦しくなる事が予想される。
そんな中、未だに客足が遠のかないCDショップなんてあるのかと思うかもしれないが、これがあるんだよ。
値引き幅が大きいんじゃないの?
なんて思ったら大間違いだ。
はっきり言って全然安くない。
っていうか全部定価だし。
それでもお客さんを集めている理由は、徹底したセレクトショップだからだ。
セレクトショップというのは、中途半端な事をやると絶対に失敗するものだ。
何故ってそれは、わざわざ行く理由が無いからだよ。
一般的な売れ筋だったら大手のでかい店の方が安いわけだし、何かに絞ったといってもそれが徹底していなければ目当ての商品だってあるかどうか分かんないしさ。
だけど、一般的なものを排除してとことん徹底した品揃えにするとそのジャンルが好きな人なら遠くからでも来てくれるものだ。
実際、そのお店のスタッフに訊くと海外からの固定客も沢山いるという話だし。
だから、フリー客というよりも固定客で成り立っているというわけだ。
こういう発想は、CDショップに限らずどんな商売にも当て嵌まるような気がするな。
例えばとんこつラーメンが食いたいとするだろう?
そこで店を選ぶ時にとんこつだけじゃなくて味噌とか醤油とか魚介とか色んな種類を置いている店ととんこつオンリーの店だったら8割以上の人がとんこつのみの店を選ぶんじゃないかな?
カレーが食いたいと思ったらカレーもある店よりもカレーしかない店の方がきっと美味いんじゃないかなって思うだろ?
これからの時代、あらゆるジャンルを詰め込んだ大型店に対抗出来るのは、徹底して一つに的を絞る事のような気がするな。
こういうのって商売に限らず人にも当て嵌まるかもしれないよ。
不器用でも何か一つに徹底的に打ち込んでいる人っているだろう?
そういうのって魅力的だけど堅物扱いされがちだよね。
でも、これからは、そういう人達が時代を引っ張って行く事になるんじゃないかな?
万能を求める時代は終わり、今より更に細分化されたマニアックな時代がやってくるって事かもしれないね。

調和という名の偽善

日本も昔に比べればかなり物騒にはなったが、諸外国に比べればまだまだ平和な国だ。
これは、やはり調和を重んじる精神が成せる業なのだろうか?
大人しくしていれば、取り敢えずは危険から逃れて身を守れる。
もしくは、思いやりを重視した結果が調和という産物を産むのだろうか?
後者であれば、何もいう事はない。
というよりも人としての成熟度の高さを誇っても差し支えないと思う。
しかし、前者であるならば情けない事この上ない。
危険から身を守るというのは、敢て極端な言い方をしてみただけなのだが、例えを変えたとしても結局の所、結論は同じだ。
平穏無事でいられる。
煩わしい思いをしなくてすむ。
損をしない。
事を荒立てずにすむ。
嫌われないですむ。
良い人でいられる。
結局の所、自己中心的保身でしかない。
俺は、ここまでなら仕方ないと思うんだ。
人間って本質的には、こういう弱い部分を持っていて当たり前だからね。
勿論、俺だって例外じゃないさ。
だけど、それを取り繕うような事をいう奴っているだろう?
所謂、奇麗事というか偽善的な事を言う奴がさ。
最近そういう大人の悪知恵みたいなものを身に付けたこずるい若者が非常に多いような気がして仕方がない。
言っとくが、こういう手口は、大人だけの特権なんだぞ。
それも、もう現状維持しかない終わった大人だけの特権だよ。
もっとリアルな言い方をすれば、守るべきものを守る為に自らの成長を犠牲にした大人の特権だよ。
この特権を限り無い可能性を持った若者が平気で使うっていうのはどういう事なんだ?
身なりは若者でも中身は終わった年寄りって事なのか?
逃げるなよ、若造!
奇麗事ばっかり言って楽しいのか?
偽善者ぶって大人のふりか?
そういうのをお利口さんとは言わないんだぞ。
腑抜け。
意気地無し。
腰抜け。
もしくは、屁垂れって言うんだよ。
悔しいか?
悔しかったら小細工すんな。
本音の主張をしてみろよ。
ビビッてもいいから一歩踏み出してみろ。
恥ずかしいのは一瞬だけだ。
間違ってたからってそれがなんだ。
許されるのは、若い内だけなんだぞ。
本物の大人は、しっかり見守ってくれているから安心しろ。

実質と仮想世界

女にふられたから大量殺人を2ちゃんねるに書き込みって。
相変わらずだな、馬鹿野郎!
それも32歳だぜ。
だから、みんなちゃんとまともなコミュニケーションとれよって言ってんじゃないか。
ネットやゲームばっかりやってるからこういう馬鹿が出て来るんだよ。
それは、決め付けじゃないかって?
だって、2ちゃんねるに書き込んでるって所でそんな事分かるじゃないか。
みんな知らず知らずの内に汚染されてる事にいい加減気が付けよな。
そう言いながら俺もブログ書いてるんだから大した違いは無いが。
全く困ったもんだ。
もう、随分前の話だが、或る学者が書いたもので人間はバーコードによって滅ぼされるっていう本を読んだ事があるんだ。
それは、丁度バーコードが普及し始めた頃の事だったと思う。
バーコードは、集中管理における大発明だって騒がれていた時にその裏に潜む危険性を予言した問題の書だ。
内容は、物の集中管理化が行く末は人間にも及んでそれが個性や人間らしさの喪失に繋がり行動力の欠如へと至るだろうというものだ。
実際、日本でも住基ネットが普及して、次は国民総背番号制って言われているのは知っているだろ?
勿論、利点もあるからそういう方向に向かっているわけだけど欠点に関しては完全に無視だ。
住基ネットや国民総背番号制は、そこまで締め付けるものじゃないって言いたいんだろう?
確かに今はそうだ。
だけど、行く行くは人間を店先に並んでいる玉ねぎやじゃがいもと同じ扱いにしようって言ってるのと大して変わらないって事は忘れるな。
だいたいさ、君等だってこれは良いけどあれは駄目って何でもかんでも決められたら不自由さを感じるだろ?
管理と規制は違うけど規制は管理に含まれるんだからね。
そして、そこから逃れられないって思ったらやる気も起きないだろ?
凄く極端に言っちゃえばそういう事だよ。
管理=便利だけど管理=不自由でもあるんだよ。
そんな中で個性だ行動力だって言っても難しいだろ?
でも、本能には個性や行動力があるわけだから弱々しくても何処かでそれを発揮したいよな。
それが手っ取り早く実行出来るのがゲームやネットの世界だと思うんだ。
実質世界から逃げ込むには、格好の居場所だよ。
しかし、仮想世界では発揮出来る自分らしさも実質世界では認められない。
だから、今回の事件も過去の似たようなものも必ず犯人は自分の存在を知って欲しかったって言ってるだろ?
捻じ曲がった個性と行動力になっちゃってるけど。
こういう事件は、これから益々増えると思うよ。
思うよじゃなくて増えるって断言出来るよ。
だって、世の中をそういう方向に向かわせてるんだから。
誰がだって?
政治家やそれで商売してる連中じゃないよ。
それを受け入れてる君等だよ。

超就職氷河期

超就職氷河期って、凄い表現だな。
だけど、ちょっとどうなんだろう?
本当に求人ってそんなに少ないのか?
中小企業だったら幾らでもあると思うんだけどな。
みんな贅沢なんじゃないのか?
大企業の方がかっこいいとかそういう理由で就職先を選んでいる人も結構いるらしいし。
だったら少し図々しいぞ。
経験も何も無いのに雇ってもらおうっていうんだから或る程度は、謙虚であるべきなのが普通だと思うけどな。
それに、大企業なら潰れる心配が無いからって理由も今じゃ通用しないしさ。
そんな会社の大小っていうよりも仕事内容で選ぶべきだよ、やっぱり。
仕事内容が自分の好きな事なら毎日のやりがいも違う筈だし。
毎日嫌で嫌で仕様が無い仕事をして月に30万貰うのと楽しくて仕方が無いけど給料は20万円の会社だったらどっちを選ぶんだろう?君等は。
前者を選ぶ君は、おそらく幸せの意味が分かっていないんじゃないかと思う。
自分の好きな事は、仕事の時間以外でするから問題無いって?
そういう考え方も確かにあるよね。
だけど、それじゃあ人生の半分を捨ててるみたいなものだと俺は思うけどな。
それで自分が死ぬ時に人生使い切ったって思えるのかな?
俺なら間違いなく後者を選ぶよ。
給料は、頑張って自分の力で上げればいいやって思うな。
自分の力で会社の利益が上がれば給料上げてくれって言えるもんな。
そうでなければ将来の独立を考えるとかね。
この日記でも今迄に何回も言ってきてるけど、やっぱり毎日々瞬間々を生き切る事が一番大切だと思うし、それが幸せってもんだと思うよ。
数年前に或る青年が就職の事で悩んでいた。
本人は、料理が好きでそっち方面に就職したがっていたんだが、両親に安定した会社に就職しなさいって言われて迷っていたらしいんだ。
結局の所、彼は親に心配かけまいと思ったのか安定企業に就職したんだ。
最近会った時の彼の目は、死んだ魚のようだった。
そして、全く覇気の無い表情で転職したいって言っていたよ。
仕事なんて金を稼ぐ為の手段でしかないと思っている人は、考えを改めるべきだ。
世の中に貢献するという事が大前提だが、その上で如何に自分を燃焼し尽せるか。
如何に自分を100%出し切れるかが大事なんだよ。
100%出し切れるって事は、毎日が物凄く充実している筈だし生きる喜びも感じる筈だしね。
金は、後から着いて来るもんだよ。

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