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三軒茶屋HEAVEN'S DOOR
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一皮剥ける時 2

昨日は、俺の実体験を含めて一皮剥ける時の話をしたわけだけど気が付いている人も多いとは思うが、そういう体験談はこのブログの中で色々書いてきた積りなんだ。
昨日話した事も似たようなテーマで2回くらい書いたような気がする。
そこで、何だ、その話なら前に聞いたよと言われないように今日は未公開の体験を話す事にしよう。
いや、もしかしたら1度話したような気もするが、まぁ、そこは無視して聞いてくれ。

あんたって本当に与える愛を知らない人だよね。
じゃあ、何を知っているのかと言えば与えるの反対語の奪う愛という事になる。
ここで言うあんたっていうのは、勿論俺の事だ。
何言ってんだよと反発はしてみたものの客観的に思えば当たっているのかもしれない。
そういう積りじゃなかったとしても思い当たる節は、多々あるような気がする。
彼女の為になんて言っていても心の奥では自分の事しか考えていなかったという事だ。
認めたくはないが、否定する自信も無い。
そう、俺はそんな奴だったんだ。
中途半端に誤魔化す事は出来るが、そんな奇麗事は聞きたくもないだろう?
自分の非を認める勇気が無ければ人間は成長出来ないって話をしたのは俺だもんな。
しかし、未熟者の俺は、否定を繰り返した。
彼女の目には涙が滲んでいたのを忘れない。
その時俺は、自分の事を本当に理解してくれていた大切な存在を失ったんだ。
彼女の言葉の意味を理解出来たのは、別れてから数年後だ。
俺は、常に見返りを求めていた。
見返りを求めるという事は、愛していると言っても自分に向けて言っているのと同じだ。
愛しているから愛してくれってね。
与える愛というのは無償でなければ嘘になる。
あの時、俺は自分が大嘘つきだと知ったと同時に失ったものの大きさに愕然とした。
何やってんだ俺は、と思っても時既に遅しだ。
しかし、彼女のあの一言で俺は変わる事が出来たんだ。
完璧になんて口が裂けても言えないが、自分に問い掛けるようにはなったと思う。
世の中って不思議な物で、昨日話した巨漢も今話したAという元彼女も出会うべくして出会っているような気がして仕方が無い。
俺の駄目な所を修正してくれる為に彼等は俺の前に現れたのだろうか?
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一皮剥ける時

これは、誰にでも言える事だけど自分自身が大きく変わる時ってあるだろう?
実際は、日々少しづつでもみんな成長していくものだと思うけどそうじゃなくて、あっ、俺は今一皮剥けたかもって実感を感じる時の事だよ。
こういう時って実は或る意味痛みを伴う場合も多いと思うんだ。
痛みといっても肉体的な痛みじゃ勿論ないよ。
そうじゃなくて、恥ずかしい思いをしたり不安の中に飛び込むみたいな気持ちになったり怖いと思っていたものに敢て踏み込んだりとかそういう意味での事だけどね。
あれは小学4年生くらいの時だったと思うんだけど、それまでの俺は大人しすぎて居るのか居ないのか分からないような傍から見たらおそらく存在感の薄い子だったと思うんだ。
俺は、或る日、クラスのボス的存在だった奴に呼び出されたんだ。
呼ばれた理由は分からなかったが、おそらく虐められるんだろうと或る程度予想はついていた。
案の定、彼は意味も無く俺に腕立て伏せを命じたんだ。
それも学校の階段の踊り場でだ。
勿論周りには他の生徒もいる。
はずかしめだよ。
反抗する勇気も無い俺は、言われるままに腕立て伏せを続けるしかなかった。
何回やったかなんて憶えていないが、そんな姿を同じクラスの子達にも見られたのは辛かった。
そして、それに飽きたのだろうか、彼は、新たな命令を俺に下したんだ。
窓から首を出せと言うんだ。
その窓は、所謂何処にでも有る様な横に開くタイプのものじゃなくて上から一気に力を入れて閉めるギロチンみたいな奴だった。
躊躇する俺に彼の罵声が飛んだ。
殺られる。
ギロチンの刑は、嫌だ。
逃げたらもっと酷い目にあわされるのも分かっている。
残された道は、一つしかない。
振り向きざま、俺は、多少腰が引けていた分を差っ引いた残りの力を全て込めた拳を奴の顔面にぶち込んだ。
おそらく奴の選択肢に俺が反撃してくるというのは無かったのだろう。
不意を突かれた巨漢が顔面を覆って崩れ落ちた。
この一発で俺の人生は大きく変わったと今でも思っている。
そんな機会を作ってくれた彼にも感謝している。
なにしろそれまで本気で何かをするという意味も知らなかった俺に切欠を作ってくれたわけだからね。
この一件から俺の中で今迄に感じた事の無い何かがうごめき出したんだ。
自分自身に対する自信というか生きるエネルギーみたいなものかもしれない。
毎日が楽しい、生きてる事が面白いと思ったのもこの時からだ。
常に何かもやもやしたものに覆われていた自分が殻を破った瞬間だ。
皮被りがズル剥けになったようなもんだ。
こういう切欠って偶々と思うかもしれないが、本当は何処にでも転がっているものだと思うんだ。
要は、どう対処するかって事だと思う。
君の心が未だ皮を被っていたとしても大丈夫だ。
切欠は、必ずやって来る。

3年の壁

過去に何回かこのブログでも触れた事だけど恋愛の賞味期限は3年間だって言ったのを憶えているかな?
俺の周りでは、最近彼女と別れたとか離婚したとかいう話が非常に多い。
そうするとやはりこの3年というのが大きな節目になっているのが分かる。
勿論、5年とか10年一緒にいて別れたというケースもあるんだが、訊いてみると大抵はこの3年目で二人の間に大きな変化が起こっているようだ。
一番多いのは、3年目前後から男女の仲ではなく家族的関係になる場合が多いらしい。
どういう意味かと言えば一緒に住んでいて仲が悪いというわけではないんだが、セックスを殆どしなくなるという事だ。
これは、生活をする上ではそれ程支障は無い。
っていうか、役割分担があるという意味では楽かもしれない。
しかし、お互いにこれでいいのかなっていう不安も湧き上がってくるものだ。
特に女性の場合は、出産という女性にとっての最大のイベントというか本能的欲求、人生最高の喜びの瞬間がある。
しかも、期限付きだ。
あと何年の内に子供を作らなければもう産めなくなるかもしれないという脅迫観念にじりじりと追い詰められる。
俺は、男だからあくまで想像ではあるが、自分がそんな立場の女性だったら相当悩むような気がする。
だって、本能的欲求だからね。
飯食ったり眠ったり糞したりっていうのと似たような欲求だもんな、おそらく。
それに子供を作るっていう目的じゃなくてもセックス無しっていうのは、やっぱり女性の方がきついんじゃないかとも思う。
男の場合は、射精出来ればいいという身勝手さも残念ながらDNAに組み込まれているからどうとでもなったりするものだ。
だけど、女性の場合は少し違うような気がするんだ。
そこに愛があるのかどうか、ここへの拘りが男性の数倍強いんじゃないかと思うんだ。
勿論、男女とも愛があるセックスがベストなのは、言うまでも無い。
しかし、永遠の恋愛感情というのは、存在しない。
これには、反対意見も沢山あるとは思う。
しかし、それは錯覚だ。
勘違いしないでほしいが、二人の間の永遠の愛というのが存在しないと言ってるわけじゃないよ。
あくまで恋愛という意味での愛だよ。
一緒に生活する上での家族的愛とか尊敬の念を持った信頼からくる愛と恋愛の愛は違うからね。
人は、誰もが自分自身の幸せを考えるものだ。
でも、本当に愛する人が出来ると自分より相手の幸せを考えるようになる。
恋愛の真の姿は、こうだよね。
だけど、それがふと我に帰る時が必ずやって来る。
それが、3年目っていう事だ。
世間では、こういう次期の事を倦怠期なんて言っていたりして、その乗り切り方を解説した本なんかも出ていたりするが、あんなものは全部嘘だ。
だいたいさ、一旦異性として見れなくなった相手を元の状態に戻すっていうのは無理なんだよ。
そうじゃなくて別の形の愛を新たに築いていこうってんなら充分理解出来るけどさ。
俺も年齢なりに数多くの恋愛をしてきたが、この3年の壁から逃れられた事は、今迄一度も無い。
おそらくこの難題からは、一生逃れられないのかもと或る意味腹を括るしか無いようだ。

商売の極意

最近のサラリーマンの平均的ランチ代は500円だそうだ。
この10年で最低らしいぞ。
そんなに厳しいのかって思ったろ?
それに店側だって、それじゃあやっていけないんじゃないのって思ったろ?
だけど実際は、それほどでもないんじゃないか?
だって、物価自体が下がってるんだからそのマイナス分を織り込めばそんなもんじゃないのかな?
単純に家賃が下がっただけで商品単価は、確実に下げられるからね。
牛丼が250円前後でコンビニの弁当だって最近は300円代だったりする。
スーパーの弁当売り場なんて200円代のまで出てきているよね。
商売する側にとっては、こういう数字の錯覚を利用するのは常套手段だって事は一応頭の中に入れておいた方がいいと思うよ。
赤字で売ってますなんていうのは、略全部嘘だからね。
本当に赤字だったらそれは商売じゃなくて慈善事業になっちゃうだろ?
安すぎるんじゃないかってこっちが心配しちゃうすき家にしたって儲かりすぎてどんどん店舗を増やしているじゃないか。
不景気の時は、薄利多売に限るって昔からの商売の鉄則を守っている結果だよ。
他にも商売における数字のマジックはあるぞ。
最近流行のクーポンにしてもそうだよ。
あんなの宣伝費をクーポンの割引分に当てているだけで店側の実質的損失なんて差し引きゼロか逆にプラスかもしれないよ。
勿論、利用者にとってはお得なわけだがそれを売ってる側もマイナスを出す事無く上手い事やってるわけだ。
俺は、今の店を20年やってるわけだけど、実はその前に別の業界の店を10年くらい経営していたんだ。
そうすると経営ってものに携わって合わせて30年って事になる。
30年っていうと流石に自他共に素人とは思っていない。
俺の倍の年数をやってる先輩達もいるわけだから偉そうな口は利けないが、30年なりの商売に関する感想というものはあるんだ。
若輩ながら商売とは何ぞやみたいのがね。
一言で言えば儲けようとするなって事だ。
それじゃあさっき言った慈善事業じゃないかって?
おい!もうちょっと深読みしてくんなきゃ困るな。
要するに自分の所だけ儲けようなんて姿勢じゃなくて、あくまでお客さんの事を一番に考えてその結果として儲けさせて頂きましょうって意味だよ。
前にやっていたのは今風に言えばカフェみたいなもんなんだけどオープン初日の時は、流石に緊張したもんだ。
自信は、勿論あったけどそれと同じくらい不安もあってね。
俺が作ったものなんか飲んだり食べたりしてお金払ってくれる人なんているのかなって。
そうしたらいたんだよ。
それも沢山。
予想通りという気持ちと嘘じゃねぇのって気持ちが半々だ。
そして、こんな何処の馬の骨か分からないような奴がやってる店にようこそ来て下さいましたって心の底から感謝したよ。
これを今読んでくれてる君等の中にも自分で商売をやってみようと思っている人はいる筈だ。
そんな君に伝えたいのは、常に感謝の気持ちを忘れない事。
これさえあれば何とかなるよ。

万能から堅物へ

あの手この手で離れてしまったお客さんを何とか取り戻そうと躍起になっているCDショップだが、打つ手はもう本当に無いのだろうか?
実際の所、ネット環境が日本よりはるかに進んでいる韓国では既に壊滅状態のようだ。
日本の場合、ネットに関しては、まだまだ伸び代があるわけだが、そうなると逆にCDにとっては今後益々苦しくなる事が予想される。
そんな中、未だに客足が遠のかないCDショップなんてあるのかと思うかもしれないが、これがあるんだよ。
値引き幅が大きいんじゃないの?
なんて思ったら大間違いだ。
はっきり言って全然安くない。
っていうか全部定価だし。
それでもお客さんを集めている理由は、徹底したセレクトショップだからだ。
セレクトショップというのは、中途半端な事をやると絶対に失敗するものだ。
何故ってそれは、わざわざ行く理由が無いからだよ。
一般的な売れ筋だったら大手のでかい店の方が安いわけだし、何かに絞ったといってもそれが徹底していなければ目当ての商品だってあるかどうか分かんないしさ。
だけど、一般的なものを排除してとことん徹底した品揃えにするとそのジャンルが好きな人なら遠くからでも来てくれるものだ。
実際、そのお店のスタッフに訊くと海外からの固定客も沢山いるという話だし。
だから、フリー客というよりも固定客で成り立っているというわけだ。
こういう発想は、CDショップに限らずどんな商売にも当て嵌まるような気がするな。
例えばとんこつラーメンが食いたいとするだろう?
そこで店を選ぶ時にとんこつだけじゃなくて味噌とか醤油とか魚介とか色んな種類を置いている店ととんこつオンリーの店だったら8割以上の人がとんこつのみの店を選ぶんじゃないかな?
カレーが食いたいと思ったらカレーもある店よりもカレーしかない店の方がきっと美味いんじゃないかなって思うだろ?
これからの時代、あらゆるジャンルを詰め込んだ大型店に対抗出来るのは、徹底して一つに的を絞る事のような気がするな。
こういうのって商売に限らず人にも当て嵌まるかもしれないよ。
不器用でも何か一つに徹底的に打ち込んでいる人っているだろう?
そういうのって魅力的だけど堅物扱いされがちだよね。
でも、これからは、そういう人達が時代を引っ張って行く事になるんじゃないかな?
万能を求める時代は終わり、今より更に細分化されたマニアックな時代がやってくるって事かもしれないね。

調和という名の偽善

日本も昔に比べればかなり物騒にはなったが、諸外国に比べればまだまだ平和な国だ。
これは、やはり調和を重んじる精神が成せる業なのだろうか?
大人しくしていれば、取り敢えずは危険から逃れて身を守れる。
もしくは、思いやりを重視した結果が調和という産物を産むのだろうか?
後者であれば、何もいう事はない。
というよりも人としての成熟度の高さを誇っても差し支えないと思う。
しかし、前者であるならば情けない事この上ない。
危険から身を守るというのは、敢て極端な言い方をしてみただけなのだが、例えを変えたとしても結局の所、結論は同じだ。
平穏無事でいられる。
煩わしい思いをしなくてすむ。
損をしない。
事を荒立てずにすむ。
嫌われないですむ。
良い人でいられる。
結局の所、自己中心的保身でしかない。
俺は、ここまでなら仕方ないと思うんだ。
人間って本質的には、こういう弱い部分を持っていて当たり前だからね。
勿論、俺だって例外じゃないさ。
だけど、それを取り繕うような事をいう奴っているだろう?
所謂、奇麗事というか偽善的な事を言う奴がさ。
最近そういう大人の悪知恵みたいなものを身に付けたこずるい若者が非常に多いような気がして仕方がない。
言っとくが、こういう手口は、大人だけの特権なんだぞ。
それも、もう現状維持しかない終わった大人だけの特権だよ。
もっとリアルな言い方をすれば、守るべきものを守る為に自らの成長を犠牲にした大人の特権だよ。
この特権を限り無い可能性を持った若者が平気で使うっていうのはどういう事なんだ?
身なりは若者でも中身は終わった年寄りって事なのか?
逃げるなよ、若造!
奇麗事ばっかり言って楽しいのか?
偽善者ぶって大人のふりか?
そういうのをお利口さんとは言わないんだぞ。
腑抜け。
意気地無し。
腰抜け。
もしくは、屁垂れって言うんだよ。
悔しいか?
悔しかったら小細工すんな。
本音の主張をしてみろよ。
ビビッてもいいから一歩踏み出してみろ。
恥ずかしいのは一瞬だけだ。
間違ってたからってそれがなんだ。
許されるのは、若い内だけなんだぞ。
本物の大人は、しっかり見守ってくれているから安心しろ。

実質と仮想世界

女にふられたから大量殺人を2ちゃんねるに書き込みって。
相変わらずだな、馬鹿野郎!
それも32歳だぜ。
だから、みんなちゃんとまともなコミュニケーションとれよって言ってんじゃないか。
ネットやゲームばっかりやってるからこういう馬鹿が出て来るんだよ。
それは、決め付けじゃないかって?
だって、2ちゃんねるに書き込んでるって所でそんな事分かるじゃないか。
みんな知らず知らずの内に汚染されてる事にいい加減気が付けよな。
そう言いながら俺もブログ書いてるんだから大した違いは無いが。
全く困ったもんだ。
もう、随分前の話だが、或る学者が書いたもので人間はバーコードによって滅ぼされるっていう本を読んだ事があるんだ。
それは、丁度バーコードが普及し始めた頃の事だったと思う。
バーコードは、集中管理における大発明だって騒がれていた時にその裏に潜む危険性を予言した問題の書だ。
内容は、物の集中管理化が行く末は人間にも及んでそれが個性や人間らしさの喪失に繋がり行動力の欠如へと至るだろうというものだ。
実際、日本でも住基ネットが普及して、次は国民総背番号制って言われているのは知っているだろ?
勿論、利点もあるからそういう方向に向かっているわけだけど欠点に関しては完全に無視だ。
住基ネットや国民総背番号制は、そこまで締め付けるものじゃないって言いたいんだろう?
確かに今はそうだ。
だけど、行く行くは人間を店先に並んでいる玉ねぎやじゃがいもと同じ扱いにしようって言ってるのと大して変わらないって事は忘れるな。
だいたいさ、君等だってこれは良いけどあれは駄目って何でもかんでも決められたら不自由さを感じるだろ?
管理と規制は違うけど規制は管理に含まれるんだからね。
そして、そこから逃れられないって思ったらやる気も起きないだろ?
凄く極端に言っちゃえばそういう事だよ。
管理=便利だけど管理=不自由でもあるんだよ。
そんな中で個性だ行動力だって言っても難しいだろ?
でも、本能には個性や行動力があるわけだから弱々しくても何処かでそれを発揮したいよな。
それが手っ取り早く実行出来るのがゲームやネットの世界だと思うんだ。
実質世界から逃げ込むには、格好の居場所だよ。
しかし、仮想世界では発揮出来る自分らしさも実質世界では認められない。
だから、今回の事件も過去の似たようなものも必ず犯人は自分の存在を知って欲しかったって言ってるだろ?
捻じ曲がった個性と行動力になっちゃってるけど。
こういう事件は、これから益々増えると思うよ。
思うよじゃなくて増えるって断言出来るよ。
だって、世の中をそういう方向に向かわせてるんだから。
誰がだって?
政治家やそれで商売してる連中じゃないよ。
それを受け入れてる君等だよ。

超就職氷河期

超就職氷河期って、凄い表現だな。
だけど、ちょっとどうなんだろう?
本当に求人ってそんなに少ないのか?
中小企業だったら幾らでもあると思うんだけどな。
みんな贅沢なんじゃないのか?
大企業の方がかっこいいとかそういう理由で就職先を選んでいる人も結構いるらしいし。
だったら少し図々しいぞ。
経験も何も無いのに雇ってもらおうっていうんだから或る程度は、謙虚であるべきなのが普通だと思うけどな。
それに、大企業なら潰れる心配が無いからって理由も今じゃ通用しないしさ。
そんな会社の大小っていうよりも仕事内容で選ぶべきだよ、やっぱり。
仕事内容が自分の好きな事なら毎日のやりがいも違う筈だし。
毎日嫌で嫌で仕様が無い仕事をして月に30万貰うのと楽しくて仕方が無いけど給料は20万円の会社だったらどっちを選ぶんだろう?君等は。
前者を選ぶ君は、おそらく幸せの意味が分かっていないんじゃないかと思う。
自分の好きな事は、仕事の時間以外でするから問題無いって?
そういう考え方も確かにあるよね。
だけど、それじゃあ人生の半分を捨ててるみたいなものだと俺は思うけどな。
それで自分が死ぬ時に人生使い切ったって思えるのかな?
俺なら間違いなく後者を選ぶよ。
給料は、頑張って自分の力で上げればいいやって思うな。
自分の力で会社の利益が上がれば給料上げてくれって言えるもんな。
そうでなければ将来の独立を考えるとかね。
この日記でも今迄に何回も言ってきてるけど、やっぱり毎日々瞬間々を生き切る事が一番大切だと思うし、それが幸せってもんだと思うよ。
数年前に或る青年が就職の事で悩んでいた。
本人は、料理が好きでそっち方面に就職したがっていたんだが、両親に安定した会社に就職しなさいって言われて迷っていたらしいんだ。
結局の所、彼は親に心配かけまいと思ったのか安定企業に就職したんだ。
最近会った時の彼の目は、死んだ魚のようだった。
そして、全く覇気の無い表情で転職したいって言っていたよ。
仕事なんて金を稼ぐ為の手段でしかないと思っている人は、考えを改めるべきだ。
世の中に貢献するという事が大前提だが、その上で如何に自分を燃焼し尽せるか。
如何に自分を100%出し切れるかが大事なんだよ。
100%出し切れるって事は、毎日が物凄く充実している筈だし生きる喜びも感じる筈だしね。
金は、後から着いて来るもんだよ。

バンドマンの難題

若いバンドマンの中には、そんなものは止めてちゃんと就職しなさい!なんて親に怒られている人も結構いるんじゃないか?
そりゃあ、親からすりゃあ心配だよな。
音楽で食っていけるって保証されてるわけじゃないしね。
っていうか、殆ど食えないと思ってるよな。
まぁ、どっちみち普通の親だったら反対するよ、多分。
その訳は、やっぱり価値観の違いって事だよ。
何の価値観っていえば幸せの価値観だ。
親が子供に対して言う言葉って全て子供の幸せに直結してるからね。
バンドを続ける事が本人の幸せに繋がらないって思うんだよ。
自分の好きな事をやる事が幸せなんじゃないのかって思ったろう?
でも、それは君の価値観だよな?
親は、君がいい会社に入って安定した収入を得る事が幸せだと思ってるよ。
こういう時は、納得するまで話し合うしかないって決め付けるには少し早い。
それも大事だが実際に自分がどれだけ打ち込んでいるのか見せるという手もあるぞ。
自分の子供が一生懸命やってる姿を見て何も感じない親なんていないからな。
それじゃあ、どうしてそんなに価値観に隔たりがあるのか分かるか?
それは、今の方がずっと恵まれているからだよ。
何がって?
そりゃあ生活だよ。
君等の親の世代は、がむしゃらに仕事をして当たり前って時代だからね。
週休2日なんてとんでもないって世代だと思うよ。
だから君等には、そんな苦労を負わせたくないんだよ。
有り難い事じゃないか。
だから、そんな気持ちはしっかり受け止めなきゃいけないよ。
受け止めた上でそれでも自分の意志を押し通せるかどうかだよ。
バンドを続けていくとこういった難題に幾つもぶつかる事になる。
結婚の時もそうだ。
奥さんだって安定した生活を求めるのが普通だ。
最初の内は、そうではなかったとしても実際それが原因で生活が苦しくなったら、女性は先ず家庭を守ろうとするからね。
家庭の事情で実家に帰って来いって言われる人もいるだろうな。
親が病気になったりとかさ。
辛いよな、こういう時は。
今迄、何回そういった相談を受けただろう。
それでもバンドを続けるべきだとは、俺は言えない。
どっちにしても、納得して結果を出すべきという所までしか言えないよ。
でも、迷いはせよ結論は既に出ているものだ。
その裏付けが欲しいだけなんだよ。
君の人生は、君だけのものだ。
親のものでも奥さんのものでもない。
自分で納得するまで考えて出した結論なら、それがベストでしかない筈だ。
自分を信じよう。

デジタル人間

現代は、情報化社会と誰もが言うけど俺は、その言葉にどうしても過剰反応してしまう。
それは、やはり育った環境がそうではなかったからなんだと思う。
一番の違いは、PCが普及していなかった事と携帯電話が無かった事だな。
別にその両方が無くても生活は、当然出来る。
しかし、仕事絡みとなるとそうはいかない。
実際、今その二つが無ければうちも会社として成り立たないかもしれない。
そう考えると理屈では分かるが何となく気分が宜しくない。
だって、生身の人間勝負の場所なのに機械に依存しなきゃやっていけないって事だもんな。
無理矢理納得はしているが、こんな世の中にふざけんなという気持ちは、おそらくこれから何十年経っても変わらないような気がする。
そんな考えはもうとっくに終わってると言いたいんだろ?
しかし、ある意味では終わってるとは思うが消える事は決してないんじゃないかな?
もし、今みたいな状況をリセットしなきゃならなくなる時が来たらそれでも元のように戻したいって誰もが思うのかな?
例えば、大地震とか戦争とかで全てが失われた時にさ。
人間は、馬鹿じゃないから考えると思うんだ。
実際に自分達が経験した情報化社会のメリットとデメリットをね。
俺は、明らかにデメリットの方が大きいと思うんだ。
それは、自分がその両方を体験している世代だからはっきり言い切る自信がある。
最大のデメリットは、ネガティブな人間を無尽蔵に作り上げてしまった事だと思う。
若い人達の中でもその影響を受けなかった人も勿論居るには居る。
だけど、古い世代を知っている俺からすると、どう考えても少数だ。
そして、その傾向は、年を負う毎に勢いを増している。
非常に危険な状態としか思えない。
若い世代には、若い世代の文化があるんだから気にする事じゃないって思ってる人も多いかもしれない。
でも、人間には、無くてはならないものが幾つかあるんだ。
それは、生きようとする気持ちである生命力だったり優しさだったり思いやりもそうだし正しい行いをしようとする正義感とかね。
その中の幾つかを確実に奪われている気がしてならないんだよ。
あくまで道具として弁えて使えるのなら構わないと思う。
だけど、実際の所やられちゃってる人の方が多いだろ?特に若い世代は。
言い換えればPCも携帯も自爆装置付き人格破壊兵器だよ。
古いタイプの人間の事をアナログ人間なんて揶揄する人がいるけど、それじゃあ新しいタイプの人間は、デジタル人間なのか?
言っとくが、人間は、決してデジタルにはなれない存在だからね。
それを無理矢理デジタルにしようとしたらどうなると思う?
壊れるんだよ。
そういう道に進んでいるようにしか思えないんだが。

心の柵

昨日の話の中で開放感こそライブハウスの命だと言ったよね。
開放感の開放っていうのは、勿論、自由という意味だ。
もっと突き詰めて言うと制限を無くして自由にするという事だ。
他のライブハウスと言われている所へ行くと大抵ステージの前に柵が有るだろう?
実は、うちの店にもあったんだ。
開店してからほんの数ヶ月の間だけだけど。
あれは、所謂危険防止の為のものだという事は子供でも分かると思う。
もう、だいぶ昔の話になるが、すし詰め状態のライブハウスでファンが将棋倒しのようになって死亡者が出た事があったんだ。
それからというもの、ライブハウスのステージ前に柵を作るのは、半ば常識のようになってしまったんだ。
確かに事故防止には、多少は役に立つのかもしれない。
しかし、デメリットは、計り知れないものがあると思う。
それは何かと言えば、やはり開放感の妨げになるという事だ。
それが分かっていてなんで数ヶ月間とはいえ自分の店にも柵を付けたのかって当然思うよな?
答えは、簡単だ。
俺がライブハウスの経営って事に関しては、丸っきりのド素人だったからだよ。
いいバンドが沢山出ていればお客さんも来てくれるだろうと、まぁその程度だよ。
それを一刀両断してくれたのが昨日話した渡辺さんだ。
一瞬で理解したよ、俺はダサいって。
保守的で閉鎖的でロック魂の欠片も無い糞野郎だってね。
今、思い出しても恥ずかしくて逃げ出したくなる思いだよ。
しかし、俺が柵を外すと言い出すと当時のスタッフ全員から大反対の大反発を受けてしまった。
流石にこの時は困ったよ。
皆で力を合わせて最高のライブハウスにしようと言っておいて店長が全員の意見を無視してそういう事をするんですかと言われてしまったんだ。
それを多少強引になんとか納得させる為に費やしたのが数ヶ月というわけだ。
そんなの店長なんだから勝手に外しちゃえばいいじゃんって思う人もいるかもしれない。
だけど、俺を信頼して着いて行こうと決心してくれた人達を蔑ろにする事は出来なかったんだよ。
やっぱり、スタッフ達の気持ちになれば納得して毎日気持ちよく仕事したいって思うだろ?
今から想えば物凄く小さな事なんだけど、俺も含めて雁字搦めの中で生活してきた人間にとって開放感とか自由な空気っていうのは、そう簡単に作り出せるものじゃないんだって痛感したよ、あの時は。
自由っていうと物凄く簡単なものだと思うだろ?
実際は、そうである筈だよね?
だけど、社会生活を営むうちに人間は常識と引き換えにどんどん知ってか知らずか不自由になっていくものだと思うんだ。
そして、いつの間にか遠い存在になってしまうんだ。
それをそうじゃないって、自由を取り戻せる場所がライブハウスでもある筈なんだ。
簡単なようで難しい。
その難しいと思う気持ちさえもあの柵のように取っ払って素に戻れば実に簡単な事だと気が付くまでに何年かかった事だろう。

あと20%

尊敬する人というのは、誰にでもいるものだと思う。
勿論、俺にも数え上げたらきりが無い程いる。
だけど、どう転んでも敵わない人となると数が絞られる。
俺には、パッと思いつくだけで3人いる。
その一人は、フジヤマというインディーショップの店長である渡辺さんという人だ。
当時、未だロック、パンクの表面的な部分しか分かっていなかった俺に直接的だったり時には空気でその本質的な部分を教えてくれた偉大な大先輩だ。
そりゃあ、俺にも自信はあったよ。
だけど、渡辺さんに何か一言言われると返す言葉が無いんだ。
全く持って反論出来ない。
天と地、神と蟻んこ、太陽と人工衛星くらいの違いはあったと思う。
渡辺さんには何回も怒られた。
止めちゃえば?ライブハウスなんかと何回言われたか分からない。
開放感が全然足りないという意味で言ってくれたんだと思うんだがこの言葉は重かった。
全くその通りだったからだ。
今でも心にしっかり沁み込んでいる。
その言葉があったから、おそらく今まで一度も止めようなんて思わず続けてこられたんだと思う。
開放感こそライブハウスの命だ。
それが全然駄目となったら只の貸しホール、貸しスペースでしかない。
場所貸しスペースの為に俺は、自分の全てを捧げようと思ったわけじゃない。
だけど、なかなか理想の空気が生み出せない。
考えれば考えるほどドツボに嵌る。
その状態が何年続いた事だろうか。
あれから20年。
ようやく渡辺さんからは、怒られなくなった。
少しは、認めてくれたのだろうか。
自分の中では、80%はいっているんじゃないかと思うんだが、あとの20%が未だ足りない気がする。
その20%のお陰で未だに渡辺さんの前では、俺は単なる小僧でしかない。
全然、対等な位置にいるとは思えない。
実際そうだし。
だけど、これがもし100%までいっちゃったら俺はどうするんだろうとも思う。
隠居でもして爺街道まっしぐらか?
それとも全部放り投げて一から出直しかも。
どうでもいいか、そんなこと。
あと20%も残ってるんだし。

今年の占い

今年は、変化が起きる年よって細木数子と他にも誰かが言っていたような気がする。
変化が起きそうと言えば総理大臣が変わりそうな事かな?
だけど、そう言っちゃうとここの所、毎年のように交代しているから久々に続投って事だったりして。
まぁ、どっちにしろああいう占いっていうのは、そういえば当たっているみたいな言い回しをするからあんまり気にしない方がいいのかもしれない。
具体的に何時々に何がどうなるって言ってくれりゃあいいんだがそういうのってあんまり無いもんな。
それじゃあ、商売あがったりって事なんだとは思うけどね。
今から30年程前に天中殺ブームというのがあったんだ。
天中殺っていうのは四柱推命で言う空亡の事なんだが、受け取り方というか解釈に違いがあるものと言っておけば正しいのかもしれない。
凄く簡単に言えば、この生年月日の人は、いつからいつ迄は新たな行動を起こしてはならず、それを無視すれば不幸な出来事等が訪れるみたいなものだよ。
これを流行らせたのは和泉宗章という人なんだが、何故ブームになったかと言えばテレビで具体的な固有名詞を出して断言するような予言をしていたからだ。
著書は、全てミリオンセラーを記録して年間ベストセラーの上位を独占していたしテレビにも頻繁に出ていたので日本中で彼を知らない人はいなかった筈だ。
しかし、当時、ジャイアンツの監督だった長嶋茂雄の辞任の時期を言い切って見事に外れた事を切欠に彼は、自ら占いの世界から引退した。
そして、今度は、占い反対派に転向して天中殺は無い、騙して申し訳ないと言ったんだ。
こんなもんだよ、占いって。
確かに当たる事はある。
でも、同じくらいに外れる事もあるって事だ。
だからって最初から全てがインチキとは思わないよ。
占いの仕方なんかでもなるほどと納得出来るものも多いしね。
まぁ、どっちにしても参考程度に留めておくのが一番いいんじゃないかな。
占いに頼ったり左右されるっていう事は、裏を返せばそれだけ自信が無いって事になるんだから自分に自身を持つ事の方が先決だと思うよ。
この10日間で初詣に行っておみくじを引いたら凶だったという人に二人もあった。
これも受け取り方だ。
これをそのまま受け止めて十字架を背負ったような表情でいれば、本当にろくな事は起こらないと思う。
だけど、今年一年が凶だって言うんならそのマイナス分、自分自身がスキルアップしとけばいいって事にもなるだろ?
それはその分頑張らなきゃいけないってわけだけど一年後には普通に1年過ぎた状況より自分が成長しているって事になるよな。
そうすると、普通に1年過ごすより結果的にいい年になるじゃないか。
占いなんてと言っちゃあ失礼だが、占う側がどっちとも受け取れる様な言い回しをするのなら、こっちもどうとでも取れる解釈をすりゃあいいんだよ。
受け取る側次第だと思うよ。
大切なのは、ポジティブな自分でいる事だよ。

成人の日

昨日は、成人の日だったけどこれを読んでくれている人の中でも新成人になった人がいるんだろうな。
俺は、通勤で区のホールの側を通るんだが、昨日は振袖のお嬢さんが沢山いたよ。
今は、あまりいい時代とは思えないけど皆いい表情をしていたな。
そのいい表情をずっと持ち続けていられたらいいんだけどな。
俺は、成人式に参加しなかったからよく分からないけどあれに参加するとやっぱり特別な気持ちになるのかな?
もう、大人なんだ、いつまでも親に面倒みてもらうわけにはいかないなとか。
だけど、幾つになっても親に甘えっぱなしの奴っているだろ?
そんな君に言っておきたい事がある。
取り敢えず家を出ろ。
仕事が未だ決まってないとか未だ学生だからとか弁解の理由も色々あるだろう。
だけど、それでも敢て出ろ。
金が無かったら自分で稼げ。
自分には、社会に出たらやりたい仕事があって、今は未だその準備段階だからって言うんだろ?
そんな事は、分かってるよ。
分かってて言ってるんだよ、俺は。
だったらバイトして自分の事は、自分でケツ拭いてでも目指せばいいだけの事じゃないか。
そこで少しでも楽な方を選ぼうとするって事は、歳は確かに二十歳かもしれないが、中身は子供のままだって認めてるのと同じだ。
最近の若い親って子供を自分の所有物と勘違いしてる阿呆も多いからな。
親は、子供を少しでも早く自立させる、子供は、少しでも早く自立を目指す。
これが理想の親子の姿ってもんだ。
それが、実際の所、子離れ出来ない親と親離れ出来ない子供が大半だから甘ったれたへなちょこばかりになっちゃったんだよ。
一人暮らしを始めるとその時になって初めて理解出来るものというのもある。
親の苦労なんかもそうだ。
親への本当の感謝の気持ちは、親元を離れなくちゃ分からない部分が多いからね。
俺は、子供の時は相当なやりたい放題だったと思う。
でも、親に対する愛情は勿論あった積りだ。
だけど、それをちゃんと説明してみろって言われても適当な言葉しか出てこなかったと思う。
それは正直な所、親から色々してもらって当たり前って思っていたからだよ。
だけど、一人暮らしを始めると親の愛情に気付く事が一杯なんだ。
親に対する本当の意味での有り難い気持ちってさっきも言ったけど家を出なきゃなかなか分からないものなんだよ。
こういう親への感謝の気持ちをしっかり持つっていうのも成人の条件だからな。
それから、大人と認められると掛け替えの無いものも得る事が出来る。
それは、何だと思う?
自由だよ。
子供には与えられない自由を大人は手にする事が出来るんだ。
その代わり自分の全ての行動にたいして責任も掛かってくるという注釈付きだけどね。
責任だけは、親に被せておいて俺は二十歳になったから自由だとは世の中が言わせてくれないんだよ。
まぁ、何はともあれおめでとう。

性質の悪い馬鹿

昨年の映画興行収入が過去最高に達したらしい。
その反面、一昔前には、若者文化の象徴と言われたミニシアターがぞくぞくと閉館に追い込まれている。
一見、矛盾するこの実態は何故なんだろう?
映画関係者と言われる人達の意見では、最近の若者は、映画を芸術として見たり考えたりする事が苦手で、単純な泣ける、笑えるみたいな作品しか受け入れられなくなったからという事らしい。
最悪だな。
それって要するに若者が馬鹿になったって事だろう?
ちょっと難しかったりすると観る側も多少は考えなくちゃいけないわけだが、それさえも面倒臭いっていう事なんだろうな。
考える事が面倒臭いって事は、頭を使いたくないか使えないのどっちかだ。
まぁ、どっちにしても馬鹿には違いないが。
全く面白くも何とも無いお笑い芸人達が、これだけ騒がれるっていうのも裏を返せばこういう若者達の風潮があるからなんだろうな。
瞬発的には面白いものもあるけど深みみたいなものが丸っきり無いだろ?最近のお笑いって。
そういうのが無いというよりも必用とされていないんだろうな、多分。
世の中が重苦しくて先の見えない時代だからなのかもしれないけど、それにしても次元が低過ぎるよ。
瞬間的に暗い空気を破壊出来ればそれでOKなのかもしれないが、そこからは、何も生れてこないぞ。
それにしても、お前等本当に馬鹿なのか?
PCの難しい事とか簡単に理解しちゃうくせにそれでも馬鹿なのか?
それとも馬鹿のふりしてるだけなのかな?
だけど言っとくが、馬鹿のふりばかりして考える事から逃げてると本当に馬鹿になるぞ。
だって、結局結果は、同じだろ?
馬鹿と同じ結果しか出してなきゃ馬鹿と言われても仕方ないもんな。
それも、努力しない馬鹿だから尚更性質の悪い馬鹿だ。
それと若者に対する苦言をもう一つ。
今年成人になる若者の4割以上が恋愛未経験だそうだ。
どういう事なんだ?4割以上って。
恋愛なんか幼稚園に入った時から経験するのが普通だろ?
小学校に入ったらキスを経験して中学でセックスもしくはペッティングが当たり前だろうが!
どんなに奥手でもプラトニックラブくらいは経験しておかなきゃ人としておかしいぞ。
もし、そういう欲求が無いというのなら異常だから医者に診て貰え。
恋愛ほど人間を成長させてくれるものって他に無いんだぞ。
恋愛未経験の最長記録を作ってギネスブックにでも載せてもらう積りか?
まったく嫌になっちゃうな。
馬鹿な上に極端に消極的なんじゃお先真っ暗じゃないか。
ちんぽだけじゃなくて心も一皮剥けて早く大人になれよ。
君等が持ってる可能性の芽もあんまり蔑ろにしておくと花が開かなくなっちゃうからな。

カーテンコール

大人は、かく戦えりという舞台を観てきた。
勿論、俺の永遠のアイドルの大竹しのぶが出演しているから行ったんだけど。
ストーリーは、子供どうしの喧嘩で片側が重症とは言えないが前歯が二本折れちゃう位の怪我をしちゃったもんで、その和解の為に両親同士が話し合うというものだ。
なので出演者は、たったの4人。
セット替えなんかも勿論無いごくシンプルな俺の好きなタイプの会話劇だ。
舞台が半回転して色んなシチュエーションを観せてくれる大掛かりなものも凄いとは思うが、俺はじっくり一つの事に集中するのが好きな性格だからなのか、こっちのシンプルなスタイルだと妙に落ち着いて安心するたちのようだ。
日本のトップ女優と言われる大竹しのぶが出演しているくらいだから共演者もつわものばかりだ。
演技が上手いとかいうレベルの上の凄い演技だった。
内容は、コメディーなんだけど笑っちゃうっていうよりも彼等の掌の上で笑わせて頂いたという感じだ。
話は、子供の喧嘩の和解話から進行するんだがその時点では、誰もが表の顔しか見せない。
しかし、ちょっとした一言からむくむくと本性が現れてくる。
そして、罵りあいになり、それがお互いの夫婦同士のいびり合いに発展していくんだ。
元々は、他人同士が一つ屋根の下に住むには、色々なものを我慢しなけりゃいけないっていう暗黙のルールが何かの拍子に爆発しちゃう結婚経験者なら誰でも経験するあれだ。
当人達は、攻め込まれないようにしっかり理論武装して自己防御しつつ徹底的に粗探しするわけだから必死だ。
だが傍から見る側としては、格好のお笑いネタでしかない。
そんな中、結婚っていうのは、神様が人間に与えた最も残酷な意地悪だなんていう名言が飛び出してきたりして思わず納得。
その上、ご丁寧に華やかさの向こうに何が待っているのか知らないから皆結婚したいなんて言うんだよって鋭い解説まで付けてくれていたりするから恐れ入る。
そして、結末らしきものを提示せずに観る側に自問自答の機会を残す形で終演を迎える所がまた憎い。
本当は、笑えない話なのに笑っちゃう。
単純じゃなくて深い所もあるのに笑っちゃう。
人間っておかしな存在だなぁって笑っちゃう。
自分もいつの間にか大人になれたのかもしれないなんて含み笑いを浮かべつつカーテンコールの拍手を送った。

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