この感覚がまたもややって来た。季節のせいなのか。俺は毎年この時期になると無性にとんでもない事をしたくなるんだ。具体的にこれをしたいあれをしたいというよりも体の中からむずむず何かが出て来る感じだ。そしてイメージとして頭の中で渦巻いていた事を実際に形にしてしまうみたいな時期でもあるんだ。巧く説明出来ないが大体そんな感じだ。一見、建設的な様だが実は破壊願望でもあると思う。今言っている聞き方によっては頭のおかしい奴みたいな話は決してネガティブな意味では無く寧ろライブハウスをやってる人間には必要不可欠な事でもある筈だ。だってそうだろう?毎日決められた事を決められた様にこなしてその何処にロックが有るって言うんだ。安定調和の起承転結の中に何が有るって言うんだ。当たり前に存在している物を当たり前に受け入れて当たり前と思うのは当たり前だ。だが皆が皆そう思っているのならライブハウスの存在価値は無い。そんなのは発表の場が有れば良いだけでライブハウスとは名ばかりのレンタルスペースに任せておけば良いだけの話だ。俺は新しい発想や感動は先ず既存の型を壊すところから始まると思っている。古いものを徹底的に貫き通す事も勿論大切だがリスクを負ってもぶち壊すところに意味が有る場合も有る。うちの店は来年の2月で19年になるがオープンしたての時とは随分様子が変わったと思う。開店当初はステージ前に柵が有ったんだ。これを三茶のインディーショップフジヤマの店長である渡辺さんに激しく指摘された。こんな所から何も産まれないよと。渡辺さんというのは俺が最も尊敬する大切な人で大恩人でもあるリアルパンクスだ。俺はショックだった。自分が恥ずかしくて仕方が無かった。ロックが解ってるふりして何も解ってなかった自分が恥ずかしかったのだ。そんなつもりじゃ無かったなんていうのは結局かっこ付けで本性は先ず守りから入ってしまう様なダサイ根性無しの保守的野郎に違いなかった。そしてここから少しづつだったかも知れないが自分の理想の形に改革していった訳だ。言い方を変えれば自分で作った物を自分で壊していったのだ。未だ未だ納得出来ない部分も多々有るが最近は渡辺さんに怒られなくなってきたから少しはマシになったのではないだろうか。ということで今も又むずむずと破壊願望が沸き上がってきているこの状態が楽しみで仕方が無い。この感覚が無くなったら俺にライブハウスをやって行く資格は無いと思っているのだが未だ当分は大丈夫そうだ。