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三軒茶屋HEAVEN'S DOOR
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心の浮き沈み

 さてと、今日は何の話をしようかな。
最近の俺の心の浮き沈みの話でもしてみっか。
俺はこの浮きの方はよく有るんだが沈みというのはそう滅多にないんだ。
過去にはかなり多かったと思うがこういうのはどうやら年齢と共に少なくなっていく物なのかもしれないな。
ただ、今でもたまには有るんだよ。
それは大抵人間関係に纏わる事が殆どかもしれない。
大方の人がこの人間関係で沈み込む時っていうのは、誰かに叱られた時、馬鹿にされた時、軽蔑された時、間違いを指摘された時、嘘を吐かれた時、騙された時、敗北を喫した時、あしらわれた時、相手にされなかった時、無視された時、暴力を振るったり振るわれたりした時、否定された時等が主だと思う。
昔は以上の行為を受けた時は理由はさておき先ず反撃したものだが流石にこの歳になるとそういう気にもそうそうならないものだ。
仕事柄、関わる人間が殆ど年下という事も理由になるのかもしれないが喧嘩をする対象に見えないんだ。
突っかかって来る奴がいると、おっ、威勢が良いじゃないか俺も若い時はそうだった、受けて立つからもっと来いなんて少し嬉しくなったりしちゃうしな。
ただ、真顔で嘘を吐いてきたり思ってもいない事を平気で言ってくる奴って居るじゃないか。
こういう輩とも仕事上付き合わなくちゃならない時も有る訳だ。
歳が若けりゃ相手の本心なんて大抵丸見えなのにそんな事された時は少しだが気持ちが沈むもんだ。
ああ、自分だけ良けりゃ良いんだな、こっちを信用してないからそういう態度なのかなんて思う事も有るんだ。
そんな付き合いたくない奴なら付き合わなければいいじゃないかって思うだろ?
だがな、もしそんな理由でそいつを断ち切ったとしても同じ様な奴が必ず現れる仕組みになってんだよ世の中は。
これは怨憎会苦って言って人が生まれて死ぬ迄に付き纏う8つの苦しみ八苦の中の一つなんだ。
これを避けられる人はこの世に一人も居ないんだ。
もし居たとすればその人は既に人の境地を超越している悟りを開いた者って事になる。
俺は未だ未だ凡人の境地だ。
死ぬ迄にそうなってみたいが努力してなれるものでもない。
要はその粋に達する迄、己を磨けって事なのは解っている積もりだがなにぶん煩悩の塊だからな。
人は誰でも結局自分一人だという事は心の奥底で皆解っている筈なのにどうして表向きだけの付き合いを平気で出来るのだろう?
どうして表面上だけの薄笑いが出来るのだろう?
そこまでして孤独から逃げたいのだろうか?
そこまでして心の隙間を埋めたいのだろうか?
そんなものに何の価値も無い筈なのに。
俺も子供の頃は孤独から逃げたいと思った事はある。
だが今は違う。
今はそんなものを弾き返す筋肉が心に付いているからだ。
そうしなければおそらく生きていけないと感じたんだろう。
だが現代は如何に心の隙を埋めるかで世の中は成り立っているようにしか見えないんだ。
乾ききっている。
こんな所に居たくない。
もっと潤いの有る世界で暮らしてみたい。
そんな事を考えて心が沈む時がある。
3ヶ月に5分位だけどね。
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