過去に何回かこのブログでも触れた事だけど恋愛の賞味期限は3年間だって言ったのを憶えているかな?
俺の周りでは、最近彼女と別れたとか離婚したとかいう話が非常に多い。
そうするとやはりこの3年というのが大きな節目になっているのが分かる。
勿論、5年とか10年一緒にいて別れたというケースもあるんだが、訊いてみると大抵はこの3年目で二人の間に大きな変化が起こっているようだ。
一番多いのは、3年目前後から男女の仲ではなく家族的関係になる場合が多いらしい。
どういう意味かと言えば一緒に住んでいて仲が悪いというわけではないんだが、セックスを殆どしなくなるという事だ。
これは、生活をする上ではそれ程支障は無い。
っていうか、役割分担があるという意味では楽かもしれない。
しかし、お互いにこれでいいのかなっていう不安も湧き上がってくるものだ。
特に女性の場合は、出産という女性にとっての最大のイベントというか本能的欲求、人生最高の喜びの瞬間がある。
しかも、期限付きだ。
あと何年の内に子供を作らなければもう産めなくなるかもしれないという脅迫観念にじりじりと追い詰められる。
俺は、男だからあくまで想像ではあるが、自分がそんな立場の女性だったら相当悩むような気がする。
だって、本能的欲求だからね。
飯食ったり眠ったり糞したりっていうのと似たような欲求だもんな、おそらく。
それに子供を作るっていう目的じゃなくてもセックス無しっていうのは、やっぱり女性の方がきついんじゃないかとも思う。
男の場合は、射精出来ればいいという身勝手さも残念ながらDNAに組み込まれているからどうとでもなったりするものだ。
だけど、女性の場合は少し違うような気がするんだ。
そこに愛があるのかどうか、ここへの拘りが男性の数倍強いんじゃないかと思うんだ。
勿論、男女とも愛があるセックスがベストなのは、言うまでも無い。
しかし、永遠の恋愛感情というのは、存在しない。
これには、反対意見も沢山あるとは思う。
しかし、それは錯覚だ。
勘違いしないでほしいが、二人の間の永遠の愛というのが存在しないと言ってるわけじゃないよ。
あくまで恋愛という意味での愛だよ。
一緒に生活する上での家族的愛とか尊敬の念を持った信頼からくる愛と恋愛の愛は違うからね。
人は、誰もが自分自身の幸せを考えるものだ。
でも、本当に愛する人が出来ると自分より相手の幸せを考えるようになる。
恋愛の真の姿は、こうだよね。
だけど、それがふと我に帰る時が必ずやって来る。
それが、3年目っていう事だ。
世間では、こういう次期の事を倦怠期なんて言っていたりして、その乗り切り方を解説した本なんかも出ていたりするが、あんなものは全部嘘だ。
だいたいさ、一旦異性として見れなくなった相手を元の状態に戻すっていうのは無理なんだよ。
そうじゃなくて別の形の愛を新たに築いていこうってんなら充分理解出来るけどさ。
俺も年齢なりに数多くの恋愛をしてきたが、この3年の壁から逃れられた事は、今迄一度も無い。
おそらくこの難題からは、一生逃れられないのかもと或る意味腹を括るしか無いようだ。
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