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三軒茶屋HEAVEN'S DOOR
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自由のスケールの違い

 うちの店は外人のお客さんが結構多い。
常連さんでも何人もいたりするのだがこれはとても嬉しい状況だったりする。
今、神田のファミレスでこれを書いているんだが神田という街も随分外国人が増えた様に思う。
ここはアジア系の人が多いらしく俺の周りで今も韓国語やタイ語が飛び交っている。
向こうの人達はあまり周りを気にしないのだろうと思える位物凄い騒音になっている。
多分、仕事場なんかで日本語に囲まれていて結構欲求不満になっているんじゃないかと思うんだ。
その堪った分をこういう所で目一杯発散しているらしく非常に元気が良い。
実は今の俺の彼女も外国人だったりするので母国の友達と一緒の時はとにかく喋り捲っている。
俺と二人の時ですら友達から電話がかかって来たりすると俺の存在を忘れて平気で1時間位話していたりするから呆れてしまう。
1回、頭に来て怒った事があるのだが皆寂しいのよなんて言われたりすると返す言葉がなくなってしまう。
しかし、外国の人ってのは自国を離れて生活する人が多いよな。
日本人が外国に住む場合ってのは仕事絡みだったり留学だったりってのが多いじゃないか。
だが外国の特にアメリカやカナダの人達は俺の知る限り極端に違う様な気がするんだ。
以前、俺が通っていた英会話の学校は教師が30人位居たのだが90%位がアメリカやカナダの人達で話してみると大抵は日本に興味が有ったから来てみたと言っていた。
こういう発想は日本人とはかなり違うよな。
日本人は昔に比べれば随分自由になったとは思うが根本的に自由ってものの捉え方からしてスケールが違う様に思う。
仕事は来てみてそれから決めればいいやって感覚のようだし。
興味の有る国が有れば取り敢えず行ってみて住んでみる。
そして、また他の国に興味が出て来たらそっちに移り住んでみる。
そうやって何カ国も回っている先生が殆どだった。
俺も過去にそんな生き方に魅力を感じた事が有ったがじゃあやってみるかというとこれはなかなか実行出来るものじゃあない。
自由でいる積もりでも結構不自由な環境の中に自分が居る事に気が付いてしまうんだ。
まあ、自分がそんな環境を作ってるって事でもあるんだけど。
直ぐに経済的な事はどうすんだ、仕事はどうすんだとか頭をよぎってしまうしさ。
この時点でもう本当の自由からは懸け離れているって事になるよな。
そして、内心は一箇所に留まって何かをする事で安心出来たりしている筈なんだ。
それで強引に自分は自由だなんて勘違いしているのかもしれない。
外国の人達と触れ合うと痛切にそんな事を感じてしまう昨今だったりする。
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