昨日は拘りは好奇心から生まれそれが生きるエネルギーにもなるんだという話をした。
だがそれがプラス面だけではなくマイナスに作用する場合もあるという事も話しておかなければならないと思う。
確かに何かに拘るという事は個性や魅力も生むのは間違いないが人間は日々成長するものだ。
時にはその拘りが現状に繋ぎ止めてしまいその人の成長の妨げになってしまう場合も多々ある。
解りやすい例を一つ挙げてみよう。
例えば君がプロ野球選手でピッチャーだとしよう。
それも剛速球投手だ。
他のピッチャーの平均球速が150キロに満たないのに君は160キロをコンスタントに投げる事が出来るとする。
正に巨人のクルーン並だ。
君はこの速球一本で常に勝負を挑み快進撃を続けた。
速球に拘ったんだ。
勝負所は変化球など使わず160キロの直球しか投げない。
そこまでは良い。
だが相手もプロだ。
いつまでも三振してくれる程甘くは無い。
確かに球は速いが勝負所で常に直球という事が分かってしまえばタイミングも同じなので的は絞りやすくなる。
そして君はその後敗戦投手の山を築く事になる。
それでも君が勝負所の直球に拘ったら2軍落ちか他球団へトレードされるのがオチだ。
ここで君が生き残る為には直球勝負の拘りを捨てるしかない。
ときには変化球で、ときには球速の遅いチェンジアップで、勿論直球勝負もありだ。
要するに今度はバリエーション豊富な投球に拘りを持つんだ。
そして新たな拘りを持った君はピッチャーとしてワンランクアップするという事だ。
人生とはこんな事の繰り返しでいい時がいつまでも続くと思ったら大間違いで上手く行った後には必ずしっぺ返しを食らうんだ。
そして新たな拘りを持って新しい壁を乗り越えて行かなければならない。
だけど勘違いしちゃいけないのは君の過去の拘りは間違いという訳じゃないんだ。
おそらくその時の君にとってのベストチョイスだ。
だがそのベストチョイスも君自身が成長すればベストじゃなくなるって事だ。
だから拘りを持つ事は非常に大切だがその拘りを捨てる勇気を持つ事も同じ位大切だって事だ。
これは野球みたいな勝負事意外にも何でも当て嵌まる事なんだ。
例えば音楽だってそうだぞ。
君はパンクが大好きだとする。
パンクに関してもの凄く拘りを持っているとしよう。
だけどそこに拘りすぎて他の音楽を一切聴かなかったとしたら型に嵌った小さな世界で拘りを持っているだけって事にもなるんじゃないか?
その小さな拘りを捨てていろんな音楽を聴いてやっぱり俺はパンクが最高だと思うって方がより器のでかいパンクへの拘りになるんじゃないか?
固執する時はするけど解き放つ時は思い切って捨てちまってよりでかい拘りを持つ。
これが楽しく生きる秘訣でもあるんだ。
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