俺は1時間ばかりだろうか、ずっと立ち尽くしたまま一方の空を見つめていた。
花火を観るのは3~4年ぶり位だろうか。
あれは確か別れた奥さんと観に行った隅田川の花火大会だったと思う。
とにかく物凄い人で人の流れに乗っかっていなければならず、立ち止まる事も出来ないという仕切りもまるで出来ていない只々混乱の渦に揉まれに行ったようなあまり良くない記憶しか残っていない。
あの状態で怒りを感じるのは簡単だが楽しむのは至難の業だと思う。
それに比べて今日は家のベランダからの観覧だ。
此処に引っ越してきて5~6年は経ったのだろうか?
土曜日に家に居るという事が奇跡のような俺の生活サイクルからするともうこんなチャンスは二度と来ないのかもしれない。
そんな思いを噛み締めるように観ていたからなのか、もうこれで十分とでも思えるくらいに一発々の花火が記憶に刻まれていくようでもあった。
火事と喧嘩は江戸の華と言うが他にも何かと訊かれればおそらく花火が出て来るような気がする。
東京で暮らすのが家系として3代目になる江戸っ子の俺が言うんだから間違いない。
打ち上げ花火の一発の値段って知ってるか?1万円を切るものも有るけど高いのだと50万以上とかするらしいぞ。
だから、それなりの規模の花火大会になれば一夜にして6000万とか7000万とか掛かるらしいんだ。
東京の一等地にそこそこの家が建つ金額を1時間かそこらで使い切る潔さが気持ちいいだろ?
やりたい事をドカーンと打ち上げて潔く散って消えていく。
そんな花火のような生き方を俺もしたいもんだ。
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