それじゃあという事で車に乗り込むと予想に反してもうあと二人の信者が同乗していた。
運転席に女性、後部座席に年配の信者だった。
何故、信者かと言えばあの道衣を見れば一目瞭然だ。
間も無くマンションに辿り着くと何故か女性一人を残して部屋に向かおうとする。
彼女も部屋の中へと促すとやんわりと拒否され車の中で待つのも修行だとの説明を受ける。
話始めたのは年配の信者からだった。
オウム真理教とはどんな事をする所なのか、目的は何なのか、教えの内容等を詳しく説明されたんだったと思う。
この時期、既に家族に無断で出家した信者が多数おりそれが社会問題化されていたので少しでも誤解を解きたいという意味も有ったのだろう。
俺と年配信者の対話は時間にして1時間位だろうか、その間井上さんは一言も発しない。
というか様子がおかしい。
下を向いて体がゆらゆら揺れている。
そして、むっくり正面を向いたところでやっと穏やかな表情になった。
心配になり具合でも悪いのかと尋ねると意外な言葉が返ってきた。
「あなたの過去に行って来ました。」。
ふ~む、じゃあどんなだったと尋ねると寂しそうだったという事だ。
俺はここで敢て突っ込まなかった。
色々具体例を挙げさせて本当か嘘か見極めてどうする。
信用出来ない相手なら最初から部屋に上げてはいない。
彼がそう言うんならそうなんだろう。
俺達は宗教の話や宇宙の仕組みや未知の世界、死後の世界、心の在り方、未来の地球の話なんかを朝迄延々と語り合った。
そして帰り際にオウムの本を何冊かとビデオを貰った。
勿論、金の請求など無い。
最後にあなたは私達と行動を共にする人なんじゃないですかと尋ねられたが俺としては信仰心は持っていても宗教は必要ないという考えを告げ別れた。
その数ヵ月後、あの歴史に残る大事件、地下鉄サリン事件は起こった。
実行犯には井上さんの名前も有る。
まさかあの心に蟠りの欠片も見えなかった井上さんがとも思ったが考えてみると納得がいかなくもない。
あの目は人を疑う事を知らない目だ。
彼の様なタイプが最も洗脳されやすいのかもしれない。
当初、実行犯と言われていた彼は実は現場調整役という連絡係だった為に死刑は免れ無期懲役という事になった。
彼のことだから完璧な模範囚だろうが間違いなく娑婆に出られる可能性はゼロだ。
事件の重大性を考えれば死刑にならない方がおかしい位だからな。
塀の中で一生懺悔の日々を送る事になるのだろう。
人の一生は紙一重だ。
あそこで俺が彼等と一緒に富士に行っていれば俺も事件に関与していたかもしれないし事件を食い止める事が出来たかもしれない。
話の成り行きで、井上さんを説得してオウムから抜けさせるなんて事になっていたら彼の人生も大きく変わっていただろうし計画を知っていた彼が警察に出頭して事件は起こらなかったかもしれない。
しかし、いくら考えても納得の出来ない事がある。
麻原ってのはあの澄んだ目をした井上さんを洗脳するだけの引き付ける何かが有ったのだろうか。
そしていくら洗脳されていたとしても人を殺すという時点でまともじゃないって反対した奴は一人も居なかったのだろうか。
集団心理が作用していたにしても限度を遥かに超えていると思うし。
とにかく日本の犯罪史上最大最悪の事件だったという事だけは間違いない。
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