今日、ステージでブログに野球と宗教の話はタブーですって言ってるバンドがいたんだがそうなると俺の日記は諸にタブーを犯している事になるな。
ふ~む、だけどタブーって何なんだ。
差し障りが無い事を並び立てても別に面白くも何ともないと思うんだけどな~。
だけど協調性を非常に重視する我が国日本にとってはやっぱり大事な事なんだろうな。
自慢じゃないが俺の小学校の通信簿の備考欄には必ずと言っていい程協調性が無いと書いてあったんだ。
その頃は協調性なんて言っても何の事やら意味が分からなかったがどっちにしろ反省の気持ちはおそらく皆無だったと思う。
そしてその身勝手ぶりは今のこの歳迄しっかり継続されている。
ふと考えるんだがもしあの頃通信簿に書かれた事を反省して協調性を身に着けていたら俺の人生は大きく変わっていた筈だ。
間違いなくロックのライブハウスはやっていないと思う。
そう考えると何か面白いよな。
サラリーマンになって今頃課長かなんかで仕事帰りに部下を連れて安い赤提灯とか行っちゃって愚痴こぼしてんだろうな。
俺は本当は音楽に携わって生きていきたかったんだなんてね。
埼玉あたりに35年ローンで小さな家買って化粧っけの無い大人しいけど芯の強い奥さんと二人の子供を抱えてしんみり自分の人生を振り返ったりしてさ。
だけどその時どんな事を考えるんだろうな?
満足してんのかな?
うちの店では常に若い子達が働いている。
皆音楽に係わって生きていく積もりで集まった連中だ。
だが必ず大きな分岐点がやってくる。
切欠になるのは学校を卒業する時期だったり一人暮らしを始める時もそうだし中には恋人と新しい生活を始める時っていうのもある。
共通して言えるのは何らかの責任が自らに掛かって来る時っていうのが大半だ。
経済的に安定しているものを採るか自分の好きな道に進むのか普通だったら悩み所だ。
うちのライブハウスは開店してから20年経つが働いてくれたスタッフの人数を数えたら軽く100人は超えているだろう。
その中で今でも音楽に携わって生活している人は2割にも満たないかもしれない。
それをどっちが正しいなんて言っているんじゃないんだ。
どっちに進もうがそれは本人の人生なんだから俺がとやかく言う事じゃあない。
ただ、自分で決断した結果なら納得がいくまでとことん貫き通さなきゃ駄目だぞ。
そうでないと自分自身に対して誇りが持てないからな。
迷うんなら徹底的に迷って一旦決断したら出来る限りの所迄やってみる。
決断した後でやっぱりああだこうだ言うような奴は何をやっても中途半端な事しか出来ない。
居ても居なくてもいいような存在価値の無い人間って事だ。
人それぞれ色んな事情もある。
結果的に自分の進みたい方とは違う道を選ばざるを得ないかもしれない。
だけどもしそうなったとしても誰かのせいにしたりなんか絶対にするな。
そんな奴は捻じ曲がった糞の様な人生しか送れないぞ。
最終的に決めるのは自分しか居ないんだ。
迷いはぶった切って誇り高く生きなきゃ人生丸損だからな。
PR