大河ドラマの龍馬伝が終わった。
大河ドラマなんて長ったらしくて観る気もしないと長年思っていた俺がまさかこんなに夢中になるとは信じられない事だ。
自分でも何でだろう?と考えていたんだが漸くその疑問が解けた。
それは、龍馬が下士という身分の低い下級武士だったからだと思うんだ。
今迄の大河ドラマの主人公って大抵は戦国武将だったりお姫様だったりだろう?
実際はそうじゃない時もあったのかもしれないけど俺の中ではそんなイメージが付いちゃっているんだよ。
なんかさ、堅苦しいんだよ、面倒臭いっていうかさ。
大体さ、着ている物からして面倒臭そうだろ?
だらだら引き摺ってんじゃねぇよって思わないか?
それに言葉が硬いというか無理矢理難しくしているというかさ、何か常に背筋をぴんと伸ばしていなくちゃいけないみたいなさ。
発想が幼稚だって?
じゃあ、訊くが君等にとってのテレビドラマって何なんだ?
勉強か?
それは、大いに結構だと思うけど俺の場合は生き抜きの為の娯楽でしかないんだよ。
寝転がって屁でもこきながら観るのがテレビドラマだと思ってるからね。
さて、そんな下士の子に生れた龍馬が大志を抱くのは武士の中でも上士、下士がおりその下には商人や農民がいるというこの身分制度に対して疑問を抱くようになったからだ。
何故、同じ日本人なのに生まれの違いでこんな不条理が罷り通っているんだろう?というごく自然な発想からだ。
単純に言えば凄く素直で好奇心旺盛だったという事なんじゃないかな?
素直っていうのは従順という意味でもあるが素朴という意味も含んでいるからね。
素朴な発想をすれば身分制度はおかしいと思うもんな、普通。
それで、だったら何とかしようと思っちゃう所が好奇心旺盛だろう?
そして、それを行動で示しちゃうのが彼の最も魅力的な部分だよね。
その為に脱藩して自分の家族まで捨てちゃうんだもんな。
150年も前の人物なのに人気が衰えないのは、やはり龍馬っていう人は並外れた好奇心と信じられないような行動力があったからだと思うんだ。
そんな龍馬に最終回で岩崎弥太郎が言った言葉は重かった。
眩し過ぎる日の光は無性に腹が立ついう事を知っちゅうきのお。
龍馬のように光り輝く人間の側には必ずそれを妬む奴が居るという事だ。
龍馬とは裏腹にコンプレックスを原動力に伸し上がっていった男の最後の忠告だ。
凄く面白かったよ。
そして、映像が突出した出来栄えだったね。
映像だけで言えば俺が今迄観たテレビドラマの中で一番だ。
でも、やっぱり11ヶ月は長過ぎだな。
次回作は観るかって?
勿論、観ないよ。
だって、また堅苦しくて面倒臭さそうなんだもん。
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